第百七十四話 大評定 2
「此度が戦は、長篠で行われまする。……そこで、部隊を主に三手に分けまする。戦術としては、基本的に圧倒的に有利な兵力を使いますれば、先手は武勇優れる将の方々にお任せしたく。……先手衆中央は柴田殿率いる越前衆にお任せ致します」
「――応。……先手を務めるは武家の誉れ。”掛かれ柴田”が率いる越前衆が武勇、今一度見せてやろう」
先手を任された柴田殿が普段から厳めしい顔つきを更に厳しくして応じる。
冷静であろうと保とうとしている様だが、全身から喜びが感じられる。
最近戦に参戦する事が少なかった柴田殿達は、”鬼柴田”・”掛かれ柴田”の異名を持つ柴田殿を筆頭に、”槍の又左”の異名を持つ前田利家殿、信長の馬廻”黒母衣衆”として活躍した佐々成政殿など織田家の中でも武勇優れる将が集まっている。
その突破力は、織田軍随一と言えるだろう。
「――先手右翼。――森衆・滝川衆! 信忠様の与力である長可殿は、此度は森衆として動いて頂きます」
「――っしゃあ!」
「――うむ」
「……承知」
叫び声を上げる勝三に、満足気に頷く三左殿、そして静かに頷く滝川殿。
三左殿も滝川殿も、信長が尾張一国の時から従い、戦功を稼いで来た歴戦の猛将である。
それに加え、現在は信忠様の与力となっている勝三、そしてそれを支える各務殿も、それに劣らぬ武勇を持っている”鬼”達だ。
先手を担うには十分だろう。
それを知っている織田の家臣達は、何処か不満そうな表情を浮かべながらも何も言わない。
「――そして左翼には上杉殿、貴方方にお任せ致します」
「承知した。左翼は我等にお任せを」
上杉の諸将からも、喜びからくる気勢が上がる。
……やっぱあれか?
上杉も戦闘狂の類か?
俺としては全く以てノーセンキューである。
え? 武家の誉れ? いや、俺武士の家系の生まれじゃねぇし。
……いや、先祖遡ってみないとわからないけどさ。
「次は中備えですが、右翼に池田衆・梁田衆、摂津国人衆の皆様方。中央に松永衆・細川衆・美濃衆。左翼には佐久間殿と木下衆に任せ致します。本陣に、信長様・信忠様と相成ります」
勿論の事ながら、大将である信長・信忠様は本陣に控えて貰う。
で、中備えは先手が崩したところを更に押し広げる役目だ。
後は中央の三左殿と滝川殿には伝えてあるが、策も用意してある。
「我々”軍監衆”の内、私と黒田官兵衛は本陣に控え、大谷は中備え中央部隊で指揮をします」
軍監衆全員が本陣に備えてしまえば、策がなるように指揮し、いざという時に策を考える人間がいなくなってしまう。
戦場では一秒の遅れが部隊全体の危機に繋がり、その危機がやがて敗北につながる事もある。
で、俄かに周囲がざわつき始める。
名前が呼ばれていない者がいるからだ。
そう。俺と左近殿である。
織田の将達が俺と左近殿の方をチラチラと見て来るが、下座の中でも後方に隣同士で座る俺と左近殿はただ笑みを浮かべるだけだ。
勿論、俺達は自分の役目を知っているからな。
「――島隊と須藤隊は奇襲部隊として敵の横を突きます。その後、両部隊は遊撃部隊として動きます」
半兵衛の発言に、織田の諸将達は納得したと頷いた。
そもそも、俺は今まで参加してきた戦では奇襲ばかりである。
それを織田の将達の多くも知っている。
……あ、そう言えば上杉攻めの時に柴田殿達の救援に向かった時も奇襲したっけなぁ。
うん。改めて、やっぱり景亮には言えないな。
義昭殺しやら幕府軍を装っての本願寺勢力下の村の襲撃とか、景亮に言えば絶対輝政公の耳に入るだろうし、将軍家に忠誠を誓っていた上杉的には完全にアウトだ。
あと掲げる”義”の観点からしてみても絶対アウトだろうし。あっはっは。