第十五話 戦勝祝い
尾張 清洲城 城下 古出長屋
「……ふぅ」
戦が終わった翌日、戦後の諸々が終わった清洲城では、戦勝祝いが行われていたのだが、俺は客将の身である為その場を辞し、古出家で一人、杯を傾けていた。
あれ程降っていた雨も上がり、綺麗な月が宵闇に淡く浮かび輝いていた。
元の世界でも月を見てはいたが、ビルも排気ガスによる大気汚染も無い。
だからか、元の世界で見た月夜より、はるかに綺麗だと思う。
……月見で一杯ってなんだかオヤジ臭いな。
戦によって高揚した身体に、酒が入って更に体が熱くなった気がする。
「……須藤殿」
俺が飲んでいたところに、障子越しにそう声を掛けてきたのは惣五郎殿の末子である柊殿だった。
「……柊殿ですか。如何なさいましたか?」
「お酒をお持ちしました」
そう言うと綺麗な所作で障子を開け、肴と酒の入った徳利を乗せた膳を運んできてくれた。
丁度飲んでいた酒が無くなったところだ。
非常に有難い。
「おぉ、これは忝い。柊殿」
「いえ……」
それだけ言って、柊殿は黙って俺の方を見る。
まだ幼いながら、きつめな印象を与える大人びた顔立ちに、全てを見透かすかの様な眼。
年齢差を感じながらも、美人に見られて内心慌ててしまう。
……俺、何かしたか?
「此度の戦、須藤殿の仰る通りに戦が動きました。……如何にして予知できたのか、不思議に思いまして」
あ、成程。
……なんて言えば良いだろうか?
まさか『未来を知っている』なんて言えないしな。
「……各国の情勢を調べ、それを照らし合わせ、自分が敵ならばどう動くのが最善手かを考え、予測する。……策を考える際の基礎に御座います」
「そうですか。……」
柊殿はただ一言そう言うと、下を向いて黙り込む。
「あの……どうなされた?」
心配でそう問いかけるが、次の瞬間、柊殿は顔を上げ、俺の眼をジッと睨み付けるかの如き鋭い視線で見、
「……女のくせに何をと申されるやもしれませんが、私は幼い頃より武芸に兵法にと学んで参りました。ですが、私は女としてではなく、武人として古出の……殿のお役に立ちとう御座います。須藤殿、私に教授願えませんでしょうか?」
そう言うと、頭を下げる。
その言葉、態度から本気なのだと理解できる。
困ったぞ。
一応は武家の娘である。
本来ならば他家に嫁ぎ、子を産むことこそがこの時代の女性の役目である。
しかし、平成の世に生きていた俺としては女だの男だのというのは関係ない、という考えがある。
実際に戦場に出た女性がいない訳でもないし、柊殿は並みの男より兵法の心得があると俺は考えているし……。
……やれやれ。
「……あいわかり申した。しかし、某も未だ未熟の身。ですが、そう仰るのでしたら、某の全てを、柊殿にお教えします。……そも、男だからだの、女だからだの、農民だのと、血統や立場より、才の方が重要であると常々思っております故」
「――有難うございます!」
嬉しそうに顔を輝かせる柊殿を見て、俺は苦笑いを浮かべる。
武勇知略を学ぶことで嬉しがるとは本当に不思議な子である。
「柊殿は巴御前や板額御前はご存知で?」
「旭将軍 (巴御前の主君である木曾義仲の事)の妾と甲斐源氏が一族浅利義成が細君ですね」
うん、流石柊殿、知っている様だ。
名の知れた巴御前は木曾義仲に従い数多の戦に参加したと言われている。
一説では、元は正妻であったが、義仲の挙兵に伴い戦に出る為に側室となったとも言われている。
大の男二人を脇に挟んで締め殺し、その首がもげた、なんて逸話も残っている。
一方、板額御前は平安末期から鎌倉前期の女性で、鎌倉幕府を打倒しようとした反乱軍に父兄と共に参戦し、弓の腕は百発百中で、その戦の兵略を施した女傑である。
何方も美貌を持ちながら知勇兼備の女性である。
「……外国にも様々な女傑がおりまする。後漢末期の曹魏が士異 (某有名三国士ゲームにおいては”王異”と呼ばれている)。外国の一つ、フランスの女性ジャンヌ・ダルク。とある島国において夫を亡くし、女王として軍を率いた女王ブーディカ。……外国においては神代にまで遡っても女が戦場に立つ事など珍しい事ではありませぬし――」
「へぇ……面白れぇな」
急に、聞き覚えのある声がし、其方の方を向くと、そこにいたのは――
「――戦勝祝いは宜しいので?」
「主である俺がいたら余計な気を遣うだろ? 見たら手前が見えなかったからな。大方独りで飲んでんだろうと思って来てやったのよ」
信長であった。
「……これは殿。只今酒を用意致します故、少々お待ちを」
「おう、悪いな」
柊殿は信長に頭を下げると、涼やかな顔をし、優雅な所作でその場を去る。
……主君が突然現れても驚きなしかよ。
「……あれが惣五郎の末の娘か。俺が現れても驚きもしねぇとは随分豪胆なこった」
柊殿が去っていった方をチラリと見て、信長が笑う。
どうやら気に入ったらしい。
「えぇ、某の策を解し、武芸の才もあるようで」
「……ほぅ」
感心するかの様に顎髭を撫でる。
そんな話をしていると、暫くして柊殿が信長の分の酒と肴を持って来た。
「……殿が飲むには及ばぬ程度の酒に御座いますが」
そう言いながら信長の横に座り、信長の持った杯に酒を注ぐ。
「いやいや、町民に混じって飲むこともあるんだ。そんなのは気にしちゃいねぇよ」
そう言うが早いか、信長は酒を一気に呷る。
「――っかぁ~! 美味い! ……で? 外国の女傑の話、俺にも聞かせてくれや」
見れば、信長も、その隣で座る柊殿も、どちらの眼も好奇心からか輝いている。
あれだ、某アニメ的に言うならば、「私、気になります!」って感じだ。
史実において、南蛮に対して興味を持ち、南蛮品を好んだ信長である。
外国のそういう話にも興味があるのだろう。
「……では曹魏が女傑、士異から」
俺はその日、夜遅くまで寝させてもらえず、「続きは後日」と言うまで話す羽目になったのだった。
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