第百六十三話 長宗我部降伏
1565年 土佐 岡豊城 【視点:須藤惣兵衛元直】
長宗我部の居城岡豊城に向けて攻め入る織田軍に対し、長宗我部軍も一部の血気盛んな将率いる兵が城の外に出ての場外戦を仕掛けてきた。
だが、数と兵器の差は覆せない。
織田軍は突撃してくる長宗我部軍に対し、大量の鉄砲や弓で負傷させ、森や梁田等が率いる歩兵・騎兵部隊が止めを刺す。
それは鉄砲を量産し、戦術に組み込まれた時から織田軍が続けている戦法だ。
そして、それは長宗我部軍にも有効だ。
ドドドドドド!!
鳴り響く射撃音。
その少し後に聞こえてくる声は、痛みに呻くモノだ。
圧倒的数を持つ織田軍は、城を出てきた長宗我部軍をいとも容易く殲滅した。
そして、状況は刻々と変化する。
この結果に対し、城の中にいた長宗我部軍は岡豊城の城門を固く閉ざし、籠城の構えを取った。
だが、籠城とは基本的に援軍が見込める場合に有効なモノである。
しかし、今回の場合は最後の抵抗、という事なのだろう。
周囲に長宗我部の味方はいないのだから。
その数日後、長宗我部は奮闘空しく降伏を選んだのだった。
「……さて、では長宗我部殿等への沙汰を下そう」
戦後処理を終え、落とした岡豊城の評定の間で、信忠様は織田家家臣達、そして降伏した長宗我部の者達を見渡した。
そして、自身の側に控える官兵衛に頷くと、官兵衛が口を開いた。
「……申し渡す! 長宗我部には土佐一国の安堵する。……しかし、これ以降は阿波・伊予・讃岐等の他国領への侵攻を禁止する事とする!」
土佐一国の安堵と他国侵攻の禁止。
長宗我部はこの戦以降、たかが一国の大名で終わる事になるのだ。
他国への侵攻を禁止と言う事は、領土を増やす事が出来ない、という意味である。
元々は自国の民を飢えさせない為に始めた他国への侵攻だが、その結果がこれである。
だが、これだけでは終わらない。
「そして現当主、元親は当主の座を降り、嫡男である千雄丸を当主とせよ! しかし、千雄丸はまだ若い故、一門衆がそれを助けよ」
まぁ簡単に言ってしまえば、つまりは元親に隠居はさせるが、助言をする事を認めたという事である。
そりゃそうだ。
史実において、父である元親や家臣達への期待を一身に受け、学問や武芸の師を着ない等の遠国より招いて英才教育を施されたという千雄丸は、この世界ではまだ五歳程である。
五歳に当主として家を引っ張る事など不可能である。
しかし、誰一人として処刑等されず、また一国の安堵を約束されているこの処分は、ある意味では軽いと言えるだろう。
更には、物資の援助も約束されているのだ。
長宗我部にとっては拍子抜けだろうが、長宗我部家の者達は、其々どういった腹の内かはわからないが、平伏してそれを受け入れた。
その後、徳川との書状のやり取り等の痕跡を探し、以降徳川への協力も禁止した。
これで、完全に長宗我部は織田の傘下になったのだった。
「……これで残る大きな壁は安房の里見と徳川か。それさえ終われば、父上が目指す太平の世がやってくる」
長宗我部の者達を退室させた評定の間で、信忠様はそう呟いた。
この戦に従軍した次世代を担う若者達は、信忠様の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……まぁ太平の世が来たならば、重要なのは治世を続ける為の知恵。なれば、若い衆には様々な事を学んでもらわねばなりませぬな」
なので、俺は一言注意する事にした。
意地悪な先輩からのアドバイスである。
俺の言葉に、若い衆の何人か――例えば勝三とかだ――があからさまに嫌そうな顔をする。
「……うへぇ」
というか、勝三は取り繕う事なく、嫌そうな溜息が駄々漏れである。
……ダメだこりゃ。
「ハハハ。勝三、お前、久しぶりに須藤に教えを乞うたらどうだ?」
意地の悪い笑みを浮かべる信忠様に、
「――勘弁してくださいよ若ァ」
勝三の情けない声に、その場にいた者達は笑い声をあげたのだった。