第百六十一話 長宗我部の決断
1565年 土佐 岡豊城
土佐一国の領主長宗我部氏の居城である岡豊城、その評定の間に、長宗我部氏の家臣達が揃っていた。
どの将の顔も、沈痛な面持ちが浮かんでいた。
そんな重苦しい雰囲気の中、上座に座る長宗我部元親が口を開いた。
「……安芸方面からは毛利、阿波からは織田。……四面楚歌、って奴か」
現在、長宗我部の領土である土佐に、織田軍と毛利軍の両軍が攻め入っており、各支城を次々と落城させていた。
元より安芸方面にも侵攻しようとしていた長宗我部と敵対関係だった毛利は、対織田として協力する手筈となっていた。
それは、本能寺の乱で討たれた明智光秀、そして対織田で協力しようと書状を送ってきた徳川家康が書状に書いてあったことだ。
書状の内容から、恐らく其々が離反しようとしていた事は互いに知らなかったのだろうが、其々が長宗我部に向けて書状を送って来たのは事実だ。
徳川・明智・毛利……そして長宗我部。
織田包囲網を作り上げるつもりだった。
そして、長宗我部はそれに乗った。
そして……このあり様だ。
長宗我部は今、窮地に立たされている。
だが、だからこそ――
「……ハハハ! ハハハハハハハハ!!」
長宗我部元親は太々しく、笑う。
呵々大笑する当主に、家臣達は眼を見開いて驚く。
「――さぁてと。……織田に毛利。相手にとって不足はねぇ。最後の抵抗といこうじゃねぇか!!」
「「「「――はっ!」」」」
獰猛な笑みを浮かべる当主に、家臣達は一斉に頭を下げた。
「――お待ち下され!」
だが、そこに待ったが掛かる。
声を上げたのは先の戦において阿波一宮城より敗走してきた谷忠澄だった。
「――元親様! 今一度御考え直し下され! これ以上織田と敵対すれば、長宗我部は滅びましょう!」
必死な様子で縋る忠澄に、他の家臣達からは失笑と侮蔑が漏れる。
「……すごすごと負けて逃げてきた者が何をいうか」
「どうせ臆病風に吹かれたのだろう」
だが、忠澄はそんな声を歯を食い縛って耐え、尚も元親に詰め寄る。
「……元親様! 織田との兵力差を考えて下され! 敵はこの日ノ本の中心を抑え、膨大な数の兵、有能な将、最新鋭の武器と戦術を揃えております! これに抵抗すれば、この土佐は無惨にも踏み荒らされ、民も苦しむ羽目となりまするぞ! それでは先代様に、歴代当主の皆様に顔向けが出来ませぬでしょう! どうかご一考を!」
そんな忠澄を、元親は――睨んでいた。
「……手前、俺は言ったよな? 『伊予・讃岐・阿波……それに摂津に安芸に京に畿内! 全部食い尽くす』と」
「え、あ……はっ!」
元親から放たれる雰囲気に、思わず平伏する。
「――俺は言った事は曲げねぇ趣味だ。……手前等わかってるよな!? ……長宗我部は徳川に協力し、織田と戦う!」
「「「「――おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
元親の言葉に、家臣達が威勢よく叫ぶ。
(……あぁ……長宗我部もここまでなのか! ……いや、まだ終わる訳では無い! 戦った事のない者達は織田の恐ろしさを知らぬのだ。……一度戦えば、織田と争うべきでないと理解出来るだろう。それまでは……どうにかして長宗我部を残さねば!)
忠澄は、盛り上がる諸将達を背に、一人意志を固めていた。
【視点:須藤惣兵衛元直】
どうやら長宗我部は史実とは違う運命を辿る様だ。
信忠様は再三にわたり長宗我部に降伏の使者を送ったが、長宗我部家はそれを無視した。
史実においては一宮城が落城した後、そこから逃げ延びた谷忠澄が家中の皆を説得、渋る元親を説得する筈だが、どうやら反戦派達の説得空しく戦を行う事に決めた様だ。
当主である長宗我部元親は若くも”土佐の出来人”と呼ばれる程の猛者であると聞いたが、判断力がの鈍っているのか、それとも自信があるのか、それともただの理由の無い蛮勇なのか……。
だが、俺のやるべき事は変わらない。
ただ戦に勝つ。
それだけだ。




