第百六十話 一宮城の戦い
1565年 阿波 一宮城
阿波における長宗我部軍の最前線である一宮城は、戦場と化していた。
一宮城は南北朝時代に天険を利用して築城された山城で、東竜王山の北東に延びた枝尾根の最先端にある。
石垣の下は急傾斜で、北は|鮎喰川、東は船戸川、園瀬川が天然の濠として、背後には四国山脈が控えており、阿波国の中でも最大級の山城だ。
この城は南城と北城に分かれており、其々南城が谷忠澄、北城が江村親俊を城代とし、阿波における長宗我部の主城となっている。
出陣した俺達は、一宮城を残し、周囲にある岩倉城、脇城の二城に兵に木下隊の凡そ半数を向かわせ、それ以外の兵で城を包囲する事とした。
「――攻めよ攻めよ攻め立てよ! 敵を一人足りとて外に逃すべからず!」
「……木下衆の藤堂隊、蜂須賀隊、増田隊は一度下がる事。……代わりに細川衆、松永衆、池田衆に梁田衆が弓を射掛けよ」
官兵衛と吉継の指示で、各部隊が入れ替わり立ち代わり弓や銃を城に向けて放つ。
”軍監衆”が指示し、それを各部隊を率いる将がそれを受けて行動する。
ここ数年、どの戦でも行われてきた事である為、どの者も愚痴を言う事も無く指示に従ってくれている様だ。
だが、長宗我部軍も強固な山城の利点を上手く活用し、たった五千の兵で籠城を続けていた。
俺は、左近殿と共に攻め手の後方から戦況を見ていた。
「……ありゃ、相当時間が掛かるな」
俺の呟きに、左近殿が頷く。
「で、しょうねぇ。……城内には曲輪があるだけでは無く、畑や貯水池もあって籠城にも困らず、屋根筋に堀切、横堀、堅堀、小曲輪を配していて城の守りも強固だ。……しかし」
左近殿が顎を摩りながら続ける。
「……この城の弱点は水だ。……坑道を掘り、水の手を絶てば、籠城している長宗我部にとっては一溜りも無い」
成程。
そりゃ良い手だ。
「……余り時間を掛けるのは良くないな。――秀長!!」
俺は先程まで攻め手として攻城に加わっていた秀吉の弟、秀長に声を掛けた。
秀長は俺の声に気付くと、わざわざ走って駆け寄って来てくれた。
「――如何なされましたかな須藤殿」
「……これ以上時間を掛ける訳にはいかねぇ。信忠様や官兵衛には俺が報告しておくから、左近殿と協力して坑道を掘り、城の水を絶て」
「おっと、私もですかい?」
左近殿が苦笑いを浮かべるが、残念ながら言い出しっぺなので拒否権は無い。
「えぇ、言い出した者には責任を取って頂きませんと。……秀長、出来るか?」
「――そうですね。……他の将に協力を仰いでも?」
「構わんさ。……どうせ敵は城に籠ってるんだ。多少兵を割いても問題はないさ。……蜂須賀殿にも協力を仰いでくれ」
蜂須賀殿と彼が率いる部隊は、元は木曽川の水運を司っていた川並衆。
先の備中高松城攻めの際の堀造りの際もそうだったが、そういった事も手慣れている筈だ。
”水”の事はお手の物だっただろう。
「承知した。……では左近殿、参りましょう」
「えぇ。……では、ちょいと行ってきますよ」
そう言うと、左近殿と秀長はその場を去っていった。
その後、木下秀長隊・島左近隊・蜂須賀正勝隊の三部隊によってつくられた坑道により、一宮城の水は絶たれ開城、谷忠澄及び江村親俊の二人は敗走し土佐へと撤退していった。
この戦により、長宗我部は阿波より撤退。
他国侵略への足掛かりであった阿波から撤退した事によって、本国である土佐に兵を集める為に侵攻していた伊予や讃岐からも撤退、織田・毛利による同時侵攻に備える羽目となった。