第百五十二話 バレる
1565年 越後 春日山城 【視点:須藤惣兵衛元直】
使者として上杉との会談を終えたその日の夜遅く。
たらふく酒を飲んだ俺は尿意に襲われ、厠に向かっていた。
「うー……トイレトイレ。……しかし少し飲み過ぎたかなぁ」
あー……さぶ。
流石雪国越後。
寒いったらありゃしない。
とっとと厠から戻って温まろう。
あー……すっきりした。
さて、部屋に戻るか。
「……須藤さん」
と、突然声が掛けられた。
内心驚きつつも、俺は平然を装って相手の顔を見る。
「おや……確か松尾殿、でしたな。この様な夜更けに如何なされた?」
声を掛けてきたのは松尾景亮。
輝政公の側付きと言われ、先の会談の時にも輝政公の影武者をしていた男だった。
どうやら仕事後であるらしく、酒が入っている様子もない。
ご苦労なこった。
「いや……そこで須藤さんが厠に行くときに”トイレ”と言ったのを聞いてしまって」
…………Oh。
周囲に誰もいないと思って油断してしまった。
まさか聞かれてたとは……。
どうしようか。
取り敢えず――
「いやぁ、某外国の知識がありましてな。思わずそれが出てしまって……」
言い訳をしよう。
「いやいや、さすがに無理がありますって! どんなに知識があったって、慣れない言葉は出てこないと思います」
えぇい! 聡い奴だ!
お前の様な聡い奴は嫌いだ――って待てよ?
何故こいつはこんな事を言ってくる?
まさかこいつも?
そう言えば、話し方がこの時代の人間っぽくない。
さっき俺を呼んだ時も”須藤殿”では無く”須藤さん”と呼んだな。
「上座に座っていた時の喋り方に違和感はあったが……」
「そ、そうですか……うぅ……やっぱ違和感あるんじゃん」
そう言いながら落ち込む松尾。
やっぱ俺と同じ転移者かよ。
……はぁ~。
あー……バレたんなら仕方が無いか。
「……ふぅ。やれやれ。なら隠しても仕様がないな。……まさかトイレでバレるとは思わなかったが。油断したなぁ……」
俺が周囲に気を配っていれば、バレなかったのだ。
詰めが甘いというか、そう言うところが適当な自分に呆れる。
「まぁ、そう簡単に言葉は直りませんからね···」
苦笑いを浮かべる松尾殿?
……いや、外見見るに俺の方が年上っぽいから呼び捨てで良いか。
「改めて須藤元直――いや、須藤直也だ。知っての通り、お前さんと同じ境遇って奴だ」
「松尾景亮です」
「……しっかし、お前さんも良く無事だったな。戦国時代にタイムスリップたぁ、俺が調べた中じゃあ他の転移してきた人間もいたが、調べることが出来た人間は全員死んでたよ」
「最初は捕まってたんですけど···上杉当主に助けられましてそのまま。っていうか他にもいたんですねタイムスリップしてきた人」
須「そりゃ、俺やお前さんがいるんだ。他にいても可笑しくないだろ? 」
俺達が生き残れたのは運が良かったからに他ならない。
俺が調べさせた中で見つかった転移者は二人程度だ。
もしかしたら他にもいるのかもしれないが、少なくとも俺が調べる事が出来たその二人は転移後に現代風の恰好を怪しまれ、それが珍しいモノ故に売れると踏まれた為に追剥にあって死んでしまったらしい。
服は外国の衣服と称されて高値で売られ、堺にまで流れてきていた。
運良く見つけたのはタグがついてあったからだ。
そりゃメイドインチャイナとかメイドインジャパンとか書かれてたらわかるわな。
「それは···まぁ確かに」
俺は深い溜息を吐いた。
「……近衛殿がお前を味方につけろって言った理由が分かったよ。……確かに、史実の事を知っているなら心強い味方だ」
「まぁ、言った意味は全然違うと思いますけどね……」
そりゃそうだ。
近衛殿もまさか此奴が転移者で、史実の流れを知っているなんて知らないだろうし、想定もしていない筈だ。
近衛殿としては、側付きである此奴を味方に付ければ、輝政公も話を聞いてくれると踏んでの事だったのだろう。
「だな。……やれやれ、流石に信長には言えねぇな。……ったく。取り敢えず味方になるんだ。……宜しく頼むぜ?」
転移者が敵になるのは厄介だ。
俺が今までしてきた様な事が出来るからな。
味方であるならば、これ以上ない心強い味方となるだろう。
「はいっ! 是非とも!」
はきはきと元気よく頷く此奴は、お人好しらしい。
俺が暗殺者とかだったら確実に死んでるぞ。
どんだけ警戒心緩いんだよ。
……いや、そうでもないんだろうな。
敵だった織田の人間の動きを警戒しない訳が無い。
幾ら味方になるとしてもな。
上杉には軒猿と、武田から編入した”歩き巫女”もいる。
絶対見張られているだろう。
おー怖い。くわばらくわばら。
俺は松尾と別れ、宛がわれた部屋に戻った。
さて、明日は温泉にでも入るかね。
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