第百五十話 越後へ
1565年 越後 春日山城 【視点:須藤惣兵衛元直】
「上杉家当主上杉輝政様、御出座!」
その声に従い、頭を下げる左右にずらっと並んだ上杉家家臣団。
相模を出立した俺達は、数日掛けて越後に入り、上杉家の居城である春日山城にやって来ていた。
当主である輝政公が出てくるまで、家臣達は一言も話さず俺達を監視しているかの如く見てきていたので、なんともアウェイであった。
松永や与一郎殿は兎も角、俺は内心びくびくである。
コワーイ。
「貴方方が織田の使者か。須藤殿、細川殿とは二度目となるな」
「はい。お久しゅう御座います輝政殿」
前に会った時と変わらず行人包で顔を隠した上杉輝政が、上座の間から俺達を見下ろす。
「……さて、織田の使者よ。此度の目的はなんだ?」
挨拶もそこそこに、輝政公が口を開く。
俺は頭を下げ、
「――先触れにてお伝えさせて頂きましたが、此度上杉と同盟を結びたく参った次第に御座います」
「同盟か···目的は徳川か?」
おっと、そこまで知られているか。
流石優秀な忍を抱えているだけはある。
「おや、流石天下に名高き”軍神”輝政殿に御座いますな。然り。その通りに御座いますよ」
与一郎殿が余り驚いていなさそうな様子で言う。
「此方にも優秀な草がいてな……その程度の情報は掴んでいる。貴方方もそれを想定していたはず」
「ハハハ、然り、然りですな! ……互いに腹の内は知っておりますし、無駄な騙し合いやら探り合いやらもこれまでと致しましょう。……其方も、ですがな」
意地悪く笑う与一郎殿の言葉に、輝政公が行人包から覗く眼が僅かに細められる。
「こちらも……だと? 何が言いたい?」
上座に座る輝政公の影武者がそう言うと同時に、左右に座っている家臣達の纏う気配も鋭いモノへと変化していた。
だが、それに萎縮してしまうような与一郎殿ではない。
「……おぉっと皆様方、そう剣呑にならずとも此方とて敵対しようなどとは思っておりませぬ。……まぁ影武者としては十分なのでしょうが、かの噂に聞く輝政殿にしては”覇気”が無い。それに緊張もしておられる様ですな。声が些か震えておりますぞ?」
揶揄う様な態度に、相手もそれを理解したのだろう。
「……そんなことはない」
「何を申される。失礼でありましょう」
反論したのを遮る様に、家臣の一人が口を開いた。
だが、与一郎殿は発言を続けた。
「まぁ無礼にも値しましょうなぁ。……そこにおられる輝政殿が本人ならば、ですが」
「……………」
与一郎殿の言葉に、上杉の家臣達の誰も反論を返さない。
……いや、返せないのだろう。
上座に座る輝政公が偽物なのだから。
「フフッ、流石は織田の使者。見る目は本物ということか……景亮、下がってよい。皆もおさめよ」
そこにふと、凛とした女性の声が響き、上杉の家臣達がそちらを見て眼を見開いていた。
そこにいたのは袴姿の女性だった。
……ん?
女性ナノは分かるが、この上杉連中の態度はなんだ?
「使者の方々も申し訳ない。私が越後国主、上杉輝政である」
……ナンデスト?
いま輝政って名乗ったよな?
家臣達も誰も何も言わないってことは事実ってことだよな。
上杉謙信は女だったか。
……ロマンが溢れますなぁ。
しっかし無茶苦茶美人じゃないっすか。
というか、流石”越後の龍”。
纏う雰囲気は信長や歴戦の将達と遜色ない程だ。
「おや、これはこれは……。かの”軍神”が女子とは、流石の拙でも見抜けませんでしたなァ~。他のお二方は知っておりましょうし、改めて名乗らせて頂く。……織田家家臣松永弾正少弼に御座います。かの輝政公にこうして目通り出来る事、この身に余る光栄に御座いますなァ」
松永も驚いたのだろうが、即座に普段通りの胡散臭い笑みを浮かべ、改めて名乗る。
「ほぉ、そなたがかの松永弾正殿か。そして須藤殿、細川殿ともこうして顔を合わせるのは初めてのこと。女の身ゆえ顔を隠し、影武者を使ったこと、すまなかった。非礼を詫びよう」
本物の輝政公はそう素直に頭を下げる。
ま、女性だと知られれば侮られるだろうし、それ以外にも色々理由があるのだろう。
家の理由なんて色々ある。
「いえ、何かしらの理由があるのでしょうし構いませぬ。……それよりこうして姿を現して頂いたという事は交渉の席に座っていただけると理解しても宜しいか?」
取り敢えず、交渉に移らせて頂こう。
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