第百四十八話 今川領に赴く
1565年 【視点:須藤惣兵衛元直】
信長から命じられ、周囲の国に使者として向かう事になった俺は、近衛前久殿の屋敷に寄り、上杉への書状を渡された後、美濃に向かい、更に尾張に向かった後、尾張から遠江に物資を輸送する商船に乗り、遠江へと向かう事となった。
数日間船に揺られ、今まで船に乗る機会等無かった俺達は揺れる波と襲い来る船酔いに苦しめられるが、どうにか遠江に到着した。
そして、久しぶりに今川家の居城、駿府館に到着したのだった。
「今川家当主、今川治部太輔氏真様――御出座!」
今川家重臣朝比奈泰朝殿の声に、下座で俺達の周囲に座る家臣団は平伏の姿勢を取った。
俺達三人もまた、頭を下げる。
「……皆、表を上げよ」
氏真公の声に、皆は下げていた頭を上げる。
頭を上げた俺達を、今川家当主今川治部太輔氏真公が上座から見下ろしていた。
「……良く来たな。織田よりの使者の者達よ。……久しいな須藤」
氏真公が俺の方を向き、僅かに笑みを浮かべる。
「……はっ。お久しゅう御座います治部太輔様」
「して、後ろにおるのが兵部大輔殿と弾正少弼殿か」
「はっ。……織田家家臣細川与一郎藤孝に御座います」
「同じく織田家家臣、松永弾正久秀に御座います」
松永と与一郎殿も、頭を下げる。
「あぁ。……さて、須藤。此度が来訪はどの様な用件か」
氏真公は鷹揚に頷くと、端的に訊ねてきた。
「はっ。……先触れでもお伝えした通り、桶狭間での戦以降、我等が織田と今川は貿易を中心に協力関係を築いてきました。それをより、強固に致したく。……織田と今川の同盟を結びたく、ここに参上仕った次第」
「……成程。我等にとっても同盟を結ぶ事は構わぬ……が、何故この時期なのか?」
やはり聞いてくるよな。
九年以上もの間協力関係にあったのを、何故急にこのタイミングで同盟関係に発展させるのかの理由が知りたいのだろう。
例え同盟関係を結ぶ事が決まっていようと。
そろそろ徳川について言いふらしても良い時期だろうし。
「……はっ。……実は三河の徳川家康が同盟を破棄し、織田より離反する動きがある様で……」
「――ほぅ?」
俺の言葉を受け、家臣達は俄かに騒ぎ始め、氏真公もその顔に僅かに驚きの表情を浮かべた。
それはそうだろう。
徳川は織田と同盟関係にあるし、その力関係は端から見ても圧倒的だった筈だ。
同盟とは名ばかりの様なモノだった。
今川から独立する為に、徳川は実質織田の傘下に加わったのだ。
「……あの家康がな。……フフフ、まぁあれも一陪臣程度で終わる事を良しとする様な男ではあるまい。……あれもまた戦国に生きる大名だからな。私よりも余程野心を持っておろうよ。……あれは織田にとって獅子身中の虫であったか」
氏真公は「得心いった」と笑う。
「……ならば何を申す迄も無い。此方としても織田との同盟は願っても無い事だ」
良し。先ずは今川は織田方についた。
だが、ここからが大事な事だ。
「……有難し。……それでですな。我等織田は今川と共に、北条とも同盟を結びたいと思うておりまする。治部太輔様にお願い致したいのは、織田と北条との同盟締結の仲介をして頂きたいのです」
織田と北条は今川を介して協力関係にはあるが、直接的なやり取りは少ない。
そこで、姻戚関係にある氏真様に
「ふむ。……誰か早川を呼んで参れ」
氏真公は少しの間思案すると、将の一人に奥方である早川殿を呼んでこさせた。
そして暫くして早川殿が到着すると自分の隣に座らせ、
「早川よ。お主、暫く相模へと帰っておらぬだろう。義弟も会いたいと文に書いてあった故、少しばかりの間相模へと帰れ」
そう言うと俺の方を再び向く。
「……此方からは北条の元に向かう早川の護衛を頼みたい。それが成されれば、この早川が我が名代として北条との仲介をしよう」
氏真公からの要求は此方としても有難い申し出だ。
北条家現当主氏政の実姉である早川殿からの仲介があれば、事がスムーズに動くだろう。
「承知した。奥方様は必ずや北条の元へ送り届けまする」
「――うむ。……さて、直ぐに部屋は用意させる。……それにまだ日は高い。我儘を言ってすまぬが、お主達は数寄者としても名高い。茶や蹴鞠等、是非ともその腕を見せてくれ」
「「「――はっ」」」
これで第一関門は突破出来た。
後は北条と上杉だな。
取り敢えず今日は氏真公に付き合って、伊豆国や駿河国の名産を存分に味合わせて貰おう。
海も近いし、やっぱ魚とかかな?
最近は川魚ばかりだったしなぁ……。
それと酒さえあれば嬉しいんだが。
……へへへ……じゅるり。
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毎度毎度しつこくて申し訳ないです。