第百四十七話 同行者は友人達
信長から言われた諸国への使者。
その役割をこなす為の同行者を、俺は気心知れた連中に頼むことにした。
「ほォ? ……使者ですか」
「成程、対徳川の為の包囲網を作る為、ですな」
茶室で、俺と松永、与一郎殿の三人で茶を飲んでいる最中、俺は話を切り出した。
「あぁ。……二人に頼みたいんだが、動けるか?」
”軍監衆”ではあるが、基本的には自由に動けてしまう俺と違い、二人は領地を任されている有力者だ。
松永は大和、与一郎殿は丹後と、其々京周辺ではあるが、そこの地を治める人間である。
俺の様に動けるかと言われると、ノーである。
「今回、使者の役目は各地に赴いて同盟を結ぶ事を確約する事だ。行くのは駿府の今川、相模の北条、越後の上杉の三国。今川は協力関係にあるし、北条とも今川を仲介にして良好な関係ではあるが、越後の上杉は別だ。今まで完全な敵対関係にある国から、同盟参加の是非を引き出す必要がある。……だからお前等について来て欲しいって訳だ」
”乱世の梟雄”と呼ばれた松永は勿論、与一郎殿も公家の太眉共や狡猾な幕臣達と渡り合ってきた人間である。
相手が誰だろうと崩さない態度のこの二人なら、使者としては十分だろう。
「……だが二人には領地もある。無理にとは言わないが……」
「いやいや、この様な面白――ゴホン。重大な件ならば是非とも関わらせて頂きたい。なに、領地は久通がおりますし、有能な家臣もおります。拙がおらずとも十分でしょう」
「ですな。何より最近は政務ばかりでしたからな。使者……という名の旅が出来るならば是非ともお供致したい。忠興には当主としての経験を積ませたいですしな」
それもそうか。
久通も忠興も、若いとはいえ次期当主だ。
学ぶべき事は多いし、当主として領地を運営するという経験も大事だろう。
それに――
「そういえば上杉の領地には有名な温泉があるらしいし、そこで身体を休めるってのも良いかもな。温泉に浸かりながら酒を傾け、各地の名産に舌鼓を打つ、なんて贅沢しても罰は当たらんだろ」
「おォ、それはそれは……楽しみになってまりましたなァ」
「フフフ……では急いで仕度をせねばなりませぬな」
途端に嬉しそうにする二人。
俺もこいつ等も、戦よりも数寄やこういった事の方が好きなのだ。
「……じゃあ先ずは近衛殿のところに行くから、仕度してくれ。七日後、近衛殿にお会いしてから先ずは駿河に向かう」
「「――承知」」
え? 趣旨がズレてる?
使者にいくのがメインじゃないのかって?
……良いんだよ。やる事はやるんだから。
それ位の贅沢はさせてくれ。
七日後 近衛前久の屋敷
「久しぶりですな須藤殿、松永殿、細川殿」
俺と松永・与一郎殿の三人は、使者として向かう為の支度を終えた後、近衛殿の屋敷を訪れた。
理由は越後の上杉である。
どうにか味方につけなきゃけないのだが、てんで何も思いつかない。
という訳で、今織田陣営にいる人間の中で、上杉の事に一番詳しく知っているであろう近衛殿に助言を頂きにきたのだ。
なんせ妹の絶殿は上杉当主上杉輝政の奥方。
忍達によると色々な情報が流れていて詳細は良くわからないのだが、近衛殿ならば知っているだろう。
「お久しゅう御座います近衛殿。此度は先に送りました書状の内容通り、上杉との同盟を結びたく、その助言を賜りたく、訊ねさせて頂きました」
だが、近衛殿の表情は複雑だ。
「……確かに私は織田に恩義がありまする。……しかしながら、上杉の内情を伝える事は絶を危険に晒す事も同義。詳しく伝える事は出来ませぬ」
まぁ確かになぁ。
他家の内情を知る事は重要な切り札となる。
戦をしたい訳ではないが、何せ敵対関係にあった上杉である。
忍を使って暗殺・工作をしないとも言えない。
「……が、ただ一つ、お教えする事が出来る事があるならば……」
お?
「……松尾景亮という男を味方に出来れば、上杉との談合を円滑に進めましょう。これが私からの文に御座います。輝政殿と絶に渡して下され」
俺は近衛殿から文を受け取りながら、近衛殿が発した名前を思い出そうとしていた。
松尾景亮?
そう言えば、小田原だか何処だかの時にその名前が出た気がするな。
確か、輝政の側用人だったか?
近衛殿が言うのならば、松尾という人物は上杉家中に対して高い影響力を持っているのだろう。
「――心に刻んでおきましょう。……では、申し訳無いがこれにて失礼させて頂きます」
俺はそう頭を下げ、松永と与一郎殿と共に近衛屋敷を辞した。
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