第百四十五話 分岐した歴史は動き出す
1564年 京 二条御所 【視点:須藤惣兵衛元直】
信長は、織田家家臣達に重大な話があると内密に主な将達を京に集めた。
京で信長の守りをしている三左殿や、政務に携わっている俺達”軍監衆”やその実働をになってくれている左近殿は勿論だが、越前にいる柴田殿や前田殿・佐々殿・滝川殿等に加え、美濃の信重改め、信忠様や勝三・佐久間殿や斎藤利治等美濃衆、安土城築城の普請をしている丹羽殿や、中国地方にいる秀吉達、丹後の細川家父子に大和の松永父子、阿波の三好や摂津の高山右近等、各地における有力者であり、織田の角柱を成す諸将が揃っていた。
だが、同盟者である徳川はいない。
「……これ程の将を内密に集めるとは……如何なる要件なのか」
「これ程の将を集めるなど先の武田以来だろう?」
「……しかし信忠様の婚姻は済みましたぞ? 何かまた御一門でご成婚でもありましたかな?」
何の用かを聞いていない家臣達が、顔を見合わせて内容が何かとひそひそと話し合っている。
俺達”軍監衆”は既に内容を知っているので黙っており、柴田殿や丹羽殿・弾正殿に与一郎殿等は内容を知らないはずだが、誰とも話さずにジッと待っていた。
暫くして、
「――待たせたな」
上座の間から信長が現れた。
信長は乱雑に座るが、何人かは信長から違和感を感じ取っていた。
「……手前等を集めたのは、次の敵の事だ」
信長の発言に、家臣達は現在の日ノ本の勢力図を思い出す。
今敵対している、またはそれに近い関係にあるのは伊予の長宗我部と越後の上杉だ。
なら、次に攻めるのはそのどちらかなのだろう。
家臣達はそう考えてていた。
「……次は長宗我部――」
家臣達はやはりと納得しかけたが、信長の言葉は続いていた。
「――と、徳川」
「「「「――っ!?」」」」
家臣達に間に動揺と戸惑いが広がるが、信長はそれを無視、
「皆、戦に向けて支度をしておけ! まだ表立っては動かないが、何時戦が始まろうと万全の体勢で臨めるよう心得よ!」
「「「「――はっ!!」」」」
動揺している者もそうでない者も、有無を言わせぬ信長の態度の前に平伏する。
信長は「余り他言せぬ様に」と言い残し、上座の間から出て行った。
だが、家臣達のざわつきは収まらない。
盟友である徳川が敵だというのである。
簡単には信じる事が出来なかった。
そんな雰囲気の仲、
「――皆様方」
声を上げたのは半兵衛だった。
「……突然の事に驚いておられるかと思いまするが、徳川の動きは須藤殿配下の忍達によって齎されたもの。信憑性は高く、我々は事実であると判断しました。詳細は後日また報告致しますれば、此度の評定はこれで解散という事で」
半兵衛の言葉を受け、諸将等は納得した。
いやぁ……そこまで信用されても困るけどねぇ。
まぁそれで納得してくれるんであれば良いけどさ。
家臣達が立ち上がり、退出していく。
俺は立ち上がり、半兵衛達と共に”軍監衆”に割り当てられた仕事部屋に向かった。
数日後 三河
「――光秀殿! 光秀殿! 不味い事になりましたぞ!」
三河国主徳川家康は、明らかに慌てた様子で、織田から匿っている光秀の元を訪れた。
「……どうなされた家康殿」
以前とは余りにも違った、法衣を纏って仏像の前で座して瞑想していた光秀は、首を傾げた。
その顔には、以前の鬼気迫った気迫や後悔と葛藤等苦悩は感じられない穏やかな笑みが浮かんでいた。
この姿は家康が提案したものだ。
武士姿ならば見つかるだろうが、頭を丸め、法衣に身を包めば”明智光秀”とはバレないだろうと考えて。
名前も、南光坊天海という名に変え、名乗らせていた。
家康は息も絶え絶えに光秀――天海に駆け寄る。
「――織田にっ! ”軍監衆”に知られていたのですっ! 以前からっ! ……以前から我等が天下を取る為に動いていた事を!」
光秀は少しだけ眼を開けて驚きを表現するが、即座に笑みを浮かべる。
「……落ち着きなされ家康殿。元より知られるのは時間の問題でした。伊賀・甲賀・三つ者と天下に名だたる忍達を配下にしているのです。最早知れぬ事などないでしょう。……ですが、重要なのはこれからです。これよりどう動くかを考えなされ」
穏やかな、落ち着かせるような声音から放たれる冷静な意見に、慌てていた家康の心が落ち着いてくると同時に、冷静さを取り戻す。
「……そう、ですな。……有難うございます光秀殿。……家臣達に話し、共に考えてみようと思いまする」
「えぇ。……そうするべきです。家臣の皆様は、貴方がどの様な選択をしようとついて来て下さるでしょう。どの様な危機であろうと、必死に考えれば、それを突破する意見というモノは思い浮かぶものです。それに、寡勢であっても織田と敵対しようとする者達はいます。彼等に手を貸して頂くのはどうでしょうか?」
「成程。意見有難く頂戴致します! ……各反織田勢力に書状を書いてみようと思いまする。……では、私はこれで」
家康は光秀の手を握ると、立ち上がって去っていった。
その後ろ姿を、天海は眩しそうに見ていた。
読んで下さり有難うございます。
新作共々気に入っていただけたら嬉しいです。
あ、新作の方は火曜か水曜に投稿できればと思います。