第百四十四話 家康と光秀
この世界の家康は腹黒さと純粋さを持ち合わせております。
自分としては嫌いなタイプです(笑)
1564年 京 【視点:須藤惣兵衛元直】
俺は信長に話がある為、二条御所を訪れた。
俺が信長の寝所を訪れると、一緒に奥方様もおり、膝枕して貰っていた。
……信長お前その年齢で膝枕かよ。
夫婦仲が良い事は良き事だが、信重様には見せられないなぁ……。
やれやれ。
「……随分回復したみたいだな」
「応よ。……手前が部下に指示してくれたおかげで助かったぜ」
あの時刺された傷は残ってしまっているが、体調的には回復している様だ。
まぁ死ななくて良かったよ。
流石にこんだけ一緒にいて、仲良くやって来た奴が死ぬなんてのは嫌だからな。
奥方様の膝の上に乗せた頭を動かし、俺にニヤリと笑い掛けてくる。
「……で、手前がこうして来たってことは、何か俺に話したい事があるんだろ?」
「……あぁ」
信長にとって、これは余り良くない情報だ。
だが、伝えない訳にはいかない。
それに毛利と和睦し、明智を滅ぼした今、長宗我部や上杉、そして各地に散らばって反抗している反織田勢力と、以前に比べて敵勢力は少なくなっている。
言うべきは今なのだ。
「……忍衆から報告があった。……『徳川に離反の動きあり』」
「――っ! ……そうか。やっぱりな」
ある程度は知っていたのだろう。
いや、そもそも桶狭間の後、同盟を結ぶ前から随分と徳川の事を警戒していた。
幼い頃からの仲なのだ。
家康の内にある何かを感じていたのだろう。
そして、徳川家臣団の忠誠心の厚さや、『家康こそが天下人に相応しい』という狂信的とまで言える思想の一端を知っていても可笑しくはない。
「……長宗我部や毛利を動かしたのは明智だ。……だが、長宗我部に対して徳川からも書状が送られていた。それと同時に、先の戦で散らばった武田家の遺臣達を吸収する動きもある。……いや、もう既に動いた後、だな」
家康は、俺や”軍監衆”が徳川に眼を向けていられないタイミング――例えば毛利攻めや長宗我部の同盟破棄、明智の謀反等――で動いていた。
”武田の赤備え”等武勇優れる武田の旧家臣団の多くが、織田は嫌だが徳川ならばと、徳川家臣となっていた武田の旧臣を通じて三河に渡った。
徳川はその勢力を強固にしている。
「そうか。…………」
信長はゆっくりと起き上がり、俺の眼を見る。
「……前々からだったんだろ?」
「あぁ。……だが、時期を見ていた。報告をしなかった事については幾らでも責を負う。……だが、徳川はまだ水面下で動いてる時だ。……今徳川の離反を諸国に喧伝すれば、徳川も慌てるだろ」
決断するのは信長だ。
幼馴染みと言っても良い家康をどうするのか。
信長は小さく呟く。
「……随分と奴等には助けられた。……だが、俺の天下を阻むなら――」
結局のところ、その信念故に、その立場故に、織田と徳川の道は交わる事は無いのだろう。
「――潰すしか、ねぇだろうな」
「あぁ」
なら、雌雄を決するしか――無い。
数ヵ月前 本能寺の乱後 三河
「……ここは」
謎の集団に助けられた明智光秀が眼を覚ますと、どうやらどこかの城の一室であろう部屋にいた。
牢獄でも無く、足枷や手枷もついていない状況に、光秀は安堵した。
「おぉ……起きなさったか光秀殿」
声の主の方を向くと、そこにいたのは――
「……家康殿」
元主君、織田信長の同盟者である徳川家康であった。
「随分お疲れだった様で、死んだように眠っておりましたから心配しましたぞ」
心の底から心配そうに眉尻を下げる家康。
だが、光秀は違う事で頭がいっぱいだった。
「……家康殿が……私を助けて下さってのですか?」
信長と旧知であり、同盟者である家康にとって、信長に反旗を翻した光秀は敵の筈だ。
間違っても助ける事はない筈だ。
「……何故?」
光秀の問いに、家康はそれまでの柔和な笑みを消し、覚悟と決意の滲んだ表情を浮かべ、
「……力をお貸し頂きたく」
そう言って土下座した。
「……家康殿?」
「私は、この国に静謐を齎し、誰一人悲しむ事の無い時代を造ると、私の為に尽力してくれている家臣達に、死んでいった者達に誓ったのです。……その為には、明智殿の様な御仁の御力が必要なのです」
その態度に嘘偽りは感じない。
家康は心の底からそれを思って口にしている。
「まさか……まさか家康殿……信長公に反旗を翻すおつもりなのか!?」
まさか、と。
まさか信長の盟友である家康が離反する等誰が信じられようか。
織田の――友の為に数多くの戦場で共に戦ってきた男が、その織田を離反すると言っているのだ。
何度も頭を床に叩きつけながら、家康は続ける。
「……信長殿のやり方では、闇雲に敵を増やし、禍根を残すだけ! ……その犠牲の上に成る太平など、誰が望みましょう! 誰もが笑って暮らせる世を――厭離穢土の世を、私は作りたい!! だからどうか、どうか力をお貸し頂けないだろうかっ!」
その眼からは涙が零れ、鼻水を垂らし、口からは嗚咽が漏れている。
当主としてはあるまじき姿だろう。
だが、それに明智は胸打たれた。
(……家康殿はこれ程までにこの国の行く先を憂いているのですか。…………それに比べて私はどうだ? ……私が信長公に反旗を翻したのは義昭様の遺言故。……その先など、次の世など見ていなかった。ただ、私怨で動いただけだ。家康殿ならば……義昭様や義輝様の目指した世を成せるやもしれませんね)
光秀は暫し瞑目した後、家康の肩に手を置いた。
「……家康殿。私は……貴方に賭けてみようと思います。いえ、賭けたいと思いました。この身既に一度死んだも同然。この矮小な身で力になれるならば、どうぞお使い下さい」
光秀の返答に、家康は涙と鼻水で見るに堪えない顔に笑みを浮かべ、
「おぉ、おぉ! 真……真有難い! 平に、平に感謝致しまするぞ光秀殿! 真に……真に……うぅっ」
余りの感激にまた泣き出した家康。
余りにも純粋な一面を持つ男に、光秀はこの後の人生全てを使おうと決心した。
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”屍のオルフェ”(仮題)
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