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第百四十三話 金照庵にて

 1564年 恩方【視点:須藤惣兵衛元直】



 明智光秀を討ってから早数ヵ月、俺は今武蔵国の多摩郡、恩方に来ていた。

 後の世でいうところの八王子辺りだ。

 現在織田家がどうなっているかと言うと、当主となった信重様が美濃を任され、復活した信長が京にいる。

 それ以外には柴田衆は越前に戻り、丹羽殿も安土城の普請の任務に近江へと戻った。

 中国には秀吉達を向かわせ、そして今まで明智が担当していた京の守護を俺達”軍監衆”と京に比較的近い大和の松永、丹後の細川等で補っていたりする。


 で、そんな中で信重様もうとっくに結婚しても可笑しくない年齢であり、当主を譲り受けたのと、周囲の国も色々と動いているが戦が近い訳ではない為、このタイミングで松姫様との結婚話を進めようという事になり、俺は松姫様のおられる恩方の金照庵を目指しているのだ。

 元々は長宗我部を征伐した後と考えていたが、先回しにしたという事だ。


 というか、家中でも当主が委譲した事で、年代交代の波が近づいて来ていたりする。

 柴田殿は子供がいないのであれだが、丹羽殿は御子息であらせられる長重殿に少しずつだが自分の仕事を任せ始めており、弾正殿や与一郎殿も久通・忠興に近々家督を譲ると言っていた。

 蒲生家も氏郷殿がいるし、森家も前々から言っている通り、勝三が引き継ぐ――それでも三左殿は信長の近くに仕えると言って憚らないが――だろう。


 いやぁ……若い力が出てくるのは良き事だ良き事だ。

 俺もそろそろ隠居したいが、残念な事に我が息子吉千代はまだ赤ん坊である。

 正直此の儘順調にいけば吉千代が元服する頃には織田の元天下統一しているだろう。

 正直、俺としては家の存続やら立場やらにはてんで関心が無いので、息子には適当に暮らせるだけの金を残せばそれで良いだろう。

 または信重様に頼んで小姓にでもしてもらうかだな。





 さて、そんな訳で恩方、金照庵に到着した。

 俺は松姫様の待つ部屋に通される。


「……久しぶりですね。……確か……」


「須藤。……須藤惣兵衛に御座います」


 俺の顔は覚えていたが名前までは憶えていなかったのか、松姫様が必死に思い出そうとするのを遮って自己紹介をする。


「あぁ。そうでした。……信重様からの文に良く名前が出るのですけれど……覚えていなくて御免なさいね、須藤」


 信重様よりも少しばかり年下だが、受け答えはしっかりした印象を受ける。


「いえ。武田の御大の御息女であらせられれば、たった一度会った人間の顔を覚えている事の方が難しゅう御座いましょう。気になさらず」


「有難う。……して、信重様が信頼している貴方が来たという事は……」


「はい。信重様より貴女様を迎えに行くようにと命じられ、護衛として遣わされました。……どうか我等と共に来て頂きたく」


 俺は平伏する。


「……私は……武田の娘です。織田と敵対した家の……そして滅んだ家の娘です。……家中の者達の反対もあるのでは?」


 そう不安そうな顔を浮かべ、訊ねてくる松姫様に、俺は首を横に振って否定した。


「いえ。……信重様より、貴女様以外の者を妻として娶るつもりは無いと家臣達に向けての発言があり、信長――失礼。殿もまた信重様と貴女様の婚姻を結ぶ事を認めております。それ故、家中の誰もお二方の婚姻に対して反対はしておりませぬ」


 俺の言葉を聞いて、松姫様は安堵したかの様に息を吐き、


「……解りました。……道中の護衛。宜しくお願いします」


 丁寧に頭を下げてくれた。


「承知。この命に変えましても、御身を信重様の元にお連れ致しまする」




 護衛自体は、特に襲撃も無く順調に終える事が出来た。

 松姫様が京に着いてから一月後、信重様と松姫様の婚姻の儀が執り行われた。

 信重様は史実通りの”信忠”という名前に改名した。

 暫くは信長・信重様の二頭体制で織田は動く事になる。


 ……さて、明智の事が終わったんだ。

 家中に巣くう豆狸を――引き摺り出すとしようか。





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