第百四十一話 山崎の戦い 決着
新作の方も宜しくお願い致します!
この作品よりのびのびと書いておりますので、読んで頂ければ嬉しいです。
1564年 山崎
軍議の翌日明朝、富田を出た織田軍先鋒隊の中川・高山両名が山崎の集落を占拠し最前線に着陣、右翼・左翼部隊も其々の位置に向かい、本隊も宝積寺に本陣を構えた。
一方の明智軍は本陣を境野古墳群に構え、前面に斎藤利三と浅井家家臣であった阿閉貞征、旧幕臣軍が東西に渡って展開、防衛線を張る様に布陣した。
両軍は円明寺川を挟んで対陣する形となった。
そして火蓋は切って落とされる。
高山隊と並ぶ様に布陣しようと移動を始めた中川隊に、前線で斎藤利三の右側に布陣していた旧幕臣伊勢貞興率いる部隊が攻撃を開始、それに呼応して斎藤利三率いる部隊も高山隊に突撃を開始、戦端が開かれた。
両部隊の攻撃を受けた高山隊・中川隊が窮地に陥っているのを、織田軍本陣より見ていた半兵衛は、即座に指示を出す。
「――援軍が必要ですね。……堀殿、両隊の救援を」
「――はっ!」
半兵衛の指示を聞き、堀秀政が陣を立ち、救援に向かった。
掘が向かって暫くし、堀の救援によって高山隊・中川隊の両部隊は態勢を立て直した。
それと同時に、左翼を任されていた官兵衛達の方でも戦闘が始まっていた。
彼等が戦っているのは高山隊等の側方を突こうと天王山中腹を進んでいた明智家家臣である松田政近・並河易家両隊である。
両方共、互いに手の内を知っている者同士での戦闘は、一進一退であった。
織田軍 右翼
一方、須藤や池田・松永等右翼部隊は密かに円明寺川を渡河していた。
「――見えてきたな」
「あの軍旗は……恐らく津田信春の部隊ですなァ」
須藤の呟きに、隣で馬を走らせていた松永が敵の軍旗を確認する。
「……須藤殿、今突けば敵を崩せましょう!」
右翼部隊のトップである池田恒興の言葉に、須藤は頷き、
「――恒興殿、兵の指揮はお任せします」
「――承知!! ――疾く駆け、敵を急襲する! 者共、続けえぇぇぇいっ!!」
「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
恒興の気勢に兵達も応じ、織田軍右翼は一丸となって敵陣に突貫した。
そして、これを逃す”今孔明”では無い。
「――右翼より敵が崩れましたね。……丹羽殿! 須藤殿等が切り開いた右翼より均衡を崩します!」
半兵衛の指示に、長秀は笑みを浮かべて応じる。
「……久しぶりに”鬼五郎左”となりましょうぞ」
近頃は安土城の普請や政に携わる事が中心となり、戦場から離れていた長秀であるが、戦場においては織田随一の猛将”鬼柴田”と肩を並べ、”鬼五郎左”と称される程の将である。
現に、出陣した長秀は須藤達が崩した敵軍を攻撃、一気に明智本隊にまで迫る勢いで斬り込み、明智本隊の側面を突いた。
これによって明智軍左翼は崩壊、それと同時に高山等先鋒隊及び堀率いる部隊も斎藤利三等の部隊を敗走にまで追い込んだ。
天秤も傾いてしまえば脆いもので、勢いづく織田軍に対し、明智軍の被害は酷いものだった。
光秀に対し『自分が討死する間に撤退せよ』と使者を送った旧幕臣御牧兼顕は討死し、明智軍の主力部隊であった斎藤隊が壊走、官兵衛等と交戦していた松田政近、撤退の殿を引き受けた伊勢貞興等も乱戦の中討死する等、明智軍の主だった将達が散っていった。
光秀自身は京の勝竜寺城にまで撤退するが、平城であった勝竜寺城は防衛線や籠城には向かない為、ただでさえ少ない兵士の脱走が相次ぐ事となり、兵の数は七百まで落ちていた。
「……まだ……まだです」
光秀もまた、脱走する兵達に紛れて城を脱出していた。
だが、行く当てと言えば織田と敵対している長宗我部あたりしか見当つかず、しかし遠すぎる為に、身を隠せるのではと美濃・信濃方面を目指して闇雲に逃げていた。
だが、光秀にとっての不運が起きる。
「――こっちに誰かいるぞ!!」
火のついた松明を持った男の集団――落ち武者狩りである。
突如現れた男達は、鋤や斧等を手に光秀を取り囲んだ。
その顔には、下衆な笑みを浮かべている。
「――くっ!?」
光秀は自分の不運を天に嘆いた。
だが、まだ諦める訳にはいかない。
「――私はっ! まだ諦める訳にはいかないっ!!」
光秀は手にしていた刀を強く握る。
だが、
「――ぎゃあ!?」
「――なんだ手前等!?」
聞こえてくる悲鳴と金属音、そして肉が斬られる音。
突如何処かから現れた者達が、刀や槍を手に落ち武者狩り達を片っ端から殺していく。
その精錬された動きは、人を殺す事に鳴れた者のそれだ。
突然目の前で始まった虐殺劇に、光秀は呆然とするしかなかった。
最後の一人が切り殺され、現れた者達が光秀を取り囲む。
「……貴方達は……何故?」
「――明智光秀殿ですね?」
光秀の問いかけを無視して、現れた者達の内の一人が光秀に尋ねる。
この状況では最早言い逃れなど出来ないだろうと覚悟を決めた光秀は首肯する。
「えぇ……」
「――我が主の命により、お助けいたします」
「……は?」
男が言い放った言葉を、光秀は暫く理解出来なかった。
男が光秀に水の入った竹筒を手渡し、その水を飲みこんだ時、漸く脳が理解出来た。
――何故かは知らないが助かったのだと。