第百二十一話 新府城の戦い
史実とは違う箇所が多いです。
ご注意を。
1563年 信濃
甲斐へと進軍する信重軍に、海津城を任せていた筈の柴田勝家が率いる越前衆から書状が齎された。
”軍監”竹中半兵衛と”軍監補”黒田官兵衛・”軍監衆”である大谷吉継の三人は、書状を読んで溜息を吐いた。
「……信濃の多くは上杉に取られましたか」
『海津城は上杉によって占拠された。武田の者を匿っている筈だが、奴等は我等に攻撃してきた』、という内容であった。
確かに、上杉からは『領土に侵入してきた場合は容赦無く攻撃する』という内容の書状は送られてきた。
「……占領したらそこは上杉の領土、と。……まぁ間違ってはありませぬが」
「……上杉が……一本上手……でしたね」
「仕方ありませんね。……越前衆にも急ぎ此方に合流させましょう」
半兵衛は溜息を吐くと、筆を取り、書状を書き始めた。
甲斐 新府城
それより数日後、勝頼・長坂・跡部等が小山田信茂が城主を務める岩殿城に向けて出立した後の新府城には、信玄の頃から仕える武田の武者達が鎧に身を包み、武器を構えて静かに待機していた。
大将は一門衆筆頭武田信廉。
一門衆である武田信友・諏訪頼豊。
そして武田四天王の内馬場信春・内藤昌豊。
武田二十四将に名を連ねる一条信龍や、小原広勝・曽根昌清・曽根昌世等武田全盛期を支えた猛将達が揃っていた。
既に織田軍は甲府に入り、新府城に向けて進軍中という情報は掴んでいる
天に翻る”風林火山”の軍旗。
そして赤に染まった鎧。
それを見渡し、信廉は叫ぶ。
「……御旗・楯無――そして兄上・先祖の皆様、この日ノ本に住まう者達も照覧あれ! これよりは死地、最期に華々しく散らん! 槍が折れなば刀を取れ! 刀折れなば矢を手に取れ! それも尽きなば己が口にて敵の喉に食らいつけ! 武田が戦、世に知らしめる!」
それは、歴代の武田家当主にも勝るとも劣らぬ大音声。
それに武田の将兵達は心奮わせ、力を漲らせる。
そして、視界に織田軍が映った。
それを睨みつけ、信廉は命令を下す。
「――全軍、出陣!!」
「「「「――おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」
一方、岩殿城に向けて出発していた勝頼等は、郡内では無く木戸から入ろうとしていた。
「……何故郡内の入り口を封鎖してあるのだろうか?」
「さて、恐らくは織田への対処法なのでしょうが……」
だが、木戸に入ろうとしたその時、
ドン!
聞き慣れた、己が心の恐怖心に直結している音が轟いた。
「――な、銃声!? どこから――」
ドドドドドド!!
そして、矢継ぎ早に銃声が聞こえてくる。
「クソッ! まさか信茂までが裏切るとは!!」
たまらず、勝頼達は反転し、一目散に逃げだした。
それを、銃声の犯人が見下ろす。
「……これで某も裏切り者、か」
武田家家臣小山田信茂、そして――
「撃ち方止め!! ――武田は織田を侮ったのです。それこそが武田が滅びる最大の理由です」
”軍監衆”須藤惣兵衛元直。
彼は信濃攻略を終えた後、”雑賀衆”を率いて武田に悟られぬ様にして急ぎ出立し、勝頼等が新府城に籠っている間に、逃亡先に選ぶだろう小山田との渡りをつけ、離反させる事に成功していた。
「間もなく新府城も落ちましょう。残るは大将勝頼のみ。……さて、総仕上げと参ろうか」
全ては”軍監衆”の掌の上なのだ。
甲斐 新府城
「……何人死んでおるのだこれは」
新府城には、屍の山が築かれていた。
大将武田信廉に、”不死身の馬場美濃”こと馬場信春・内藤昌豊・武田信友等武田の将兵の多くは討死、一方の織田・徳川連合軍は左程被害を出さずに勝利していた。
徳川軍は疲労もあって中衛に置かれ、前線は”掛かれ柴田”率いる越前衆や、森衆等が担当していた。
「……織田にとって、最大の障害は武田。武田が滅びた今、尚の事天下が近付いたのは事実でしょう」
家臣達がそう眉を顰める一方で、当主である徳川家康は次の事を考えていた。
「……武田の勢力を吸収出来ぬかのぅ?」
「「「「――なんと!?」」」」
「武田の精兵は強力だ。これを手に入れられれば、徳川の力もより一層強まろう」
「……ふむ。武田の者達も己が主家を滅ぼした織田に素直に従おうとは思えぬでしょう。……礼を尽くし、手厚くもてなせばもしくは……」
「ただ、織田に知られれば面倒です。事は水面下で行うべきでしょう。何か戦が起きれば良いのですが……」
家臣のその呟きに、家康はそれだ、と手を叩く。
「戦だ! 戦が起きれば、厄介な”軍監衆”も其方に眼を向けるしかなくなる! 幾ら我等が怪しくともな! それが大国であったり、味方であった者ならば尚更!」
史実において天下を掴んだ男は、いつもの人の良さそうな笑みでは無く、狡猾な笑みを浮かべていた。




