第百十八話 高遠城攻め
1563年 信濃 伊那郡 【視点:須藤惣兵衛元直】
伊那郡高遠城の近くまで来た俺達は、忠正や河尻殿と合流、信長からの『信重が到着するまでに高遠城攻略の為に陣城を築き、信重到着と同時に攻撃を仕掛けよ』との命令に従っていた。
「なぁ旦那? 他の連中は逃げ出したんだ。高遠城の連中も殿達が来たら逃げちまうんじゃねぇか?」
築城の指示を出している俺の後ろで暇そうに百段に寝そべっている勝三がそう聞いてきた。
俺は勝三の方を振り返って、首を傾げる。
「……どうだろうな。逃げ出すんなら、他の連中と同じ様にとっくに逃げてると思うが。……なんせ武田一門衆の中でも筆頭だった武田信廉まで甲斐に逃げたんだ。普通なら、信廉と一緒に逃げてるだろうさ」
武田家でも強い発言権を持つだろう信廉が逃げたのだ。
少なくとも、それに伴って逃げようとするならば、動きがある筈だ。
だが、その動きは見えない。
既に先鋒隊で包囲しているので逃げたくても出来ないのかもしてないが。
高遠城城主の仁科盛信は先代当主である武田信玄の五男だ。
異母兄に廃嫡された義信と、現当主の勝頼、同母の弟妹に信重様と婚約していた松姫様、後の上杉景勝の正室となる菊姫等がいる。
松姫様は現在仁科盛信を頼って高遠城の館にいると聞いたので、解消された事に未練があるらしい信重様は「松には手を出すな」との書状がきていた。
確か史実でも八王子に逃れた松姫に信重様が迎えの使者を寄越した、なんて話があったので、多分まだ松姫様の事を好きなのだろう。
正室として迎え入れられるかどうかと言えばわからないが、そうなったらフォロー位はしようと思っている。
菊姫は海津城の方へ逃れたと忍からの報告があったが、松姫様はそれが無いところを見ると、未だに盛信と共に高遠城の館にいるのだろう。
「……信重様が来るまで後数日だろうし、とっとと作らねぇとな」
俺は溜息を一つ吐くと、再び指示に集中した。
1563年 三月 信濃 高遠城
信重様が到着なさり、高遠城の仁科盛信に対し、降伏及び松姫様を渡す様にとの書状を送ったが、盛信はそれを拒否、使者は鼻と耳をそぎ落とされた状態で帰って来た。
これによって信重様は高遠城の攻撃を決断した。
「――これより、仁科盛信等武田勢を信濃より追い出す! 皆、存分に奮え!!」
「「「「おおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
「――出陣せよ!!」
官兵衛の指示で、織田軍は高遠城へと進軍を開始する。
俺はそれまでと同様に勝三の部隊だ。
「さぁて、盛信の頸、俺達森衆が頂くぜ!! ――そぉら突っ込めや!!」
「「「「――イェァッハァーッ!!」」」」
そう言いながら勝三が突撃し、それを追う様にして森衆も突撃していく。
あの各務殿でさえ、叫んだりはしないが、勝三の隣で馬を走らせていく。
……俺、別部隊の方が良かったかも。
まぁそんな事言ってられないので、追いてかれない様に、俺も全速力で馬を走らせた。
信濃 高遠城
「……殿、真に宜しかったのですか? 少なくとも松様の身の安全は――「良いのだ」」
家臣の言葉を仁科盛信はそう言って止めた。
「信重とて婚約した女子を無下にはすまい。……寧ろ、織田に保護された方が今後の為にも良いのやもしれぬ」
「ですが、織田が松様を殺めるやもしれませぬぞ」
「然り! 信じれませぬ!!」
尚も食い下がる家臣。
だが、既に盛信は己の中でどうすべきかを決めていた。
「――既に松には信重と信長宛ての書状を渡しておる。『松が死ぬことの無い様』というな。……我等は『戦国最強の武田が精兵此処にあり』とただ戦い、果てるのみぞ」
その言葉を聞いて、家臣達は盛信に死して尚ついていくことを決めたのだった。