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第百十六話 信濃侵攻

 1563年 美濃 岐阜城 【視点:須藤惣兵衛元直】



 兵が揃っている前で、俺達先鋒隊は顔を揃えていた。


「では河尻殿、忠正と吉継の事、宜しくお願い致しまする」


「えぇ。須藤殿も」


 俺は河尻殿と握手を交わすと、吉継に向き直る。


「吉継、”軍監衆”の一員として、見事差配して見せろ。……良いな?」


「……承知」


 普段通りに見えるが、やはり緊張はするのだろう。

 どことなく声が堅い。

 だが、声は震えていないので大丈夫だろう。


「――じゃ、勝三!」


 俺が声を掛けると、愛馬である百段に乗った勝三は元気良く頷く。


「応! ――織田先鋒森勝三長可! 出陣するぜ!!」


 それに呼応する様に、隣で馬に乗っている団も声を上げる。


「――同じく織田先鋒団忠正! 出るぞ!!」


「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 ――織田軍侵攻開始。




 信濃 滝沢



 団と河尻、吉継が攻める伊那街道沿いにある岩村への関門である滝沢の領主下条信氏の家老である下条氏長と幾人かの家臣達は、織田勢出陣の報を聞いて慌てていた。


「どうする? 武田の兵は精強、尾張の兵は弱兵とはいえ……」


「いや、最早”尾張の弱兵”等とは侮れまい。……今や天下に最も近いのは、その”弱兵”である織田だ」


「――御大将は先の戦での敗戦から鉄砲の恐ろしさを知って、鉄砲を揃えようとしたようだが、堺の商人達にも織田の息が掛かっていたらしい。買い付ける事が出来なかったらしい」


「鉄砲を使われては、接近する前に討たれるぞ。――どうなさいますか、御家老?」


 家臣達はそれまで言葉を発する事の無かった氏長を見る。


「……織田と争えば我等に待つのは死、のみ。だが、殿は徹底抗戦を謳っている。…………」


 そこで黙る氏長に、最早心が決まっていた数名の家臣が詰め寄る。


「御家老! 武田に付けば我等も諸共滅びるのみ!」


「我等は戦に負けたが故に武田に降ってはおりますが、心まで武田家臣になったつもりは御座いませぬ!」


「氏長殿! かくなる上は、殿を――」


 そこまで言った家臣を、氏長が制止する。


「「「「――御家老!!」」」」


 家臣達の言葉に、氏長は決断する。


「…………相分かった。……織田に……降ろう。――殿。いや、信氏を追放する! 皆、支度をせよ!」


「「「「――はっ!!」」」」





 信濃 木曾口 【視点:須藤惣兵衛元直】



「つまんねー!!」


 信濃の木曾口を進軍していた俺達は、敵に出会う事無く、順調に進んでいた。

 隣で百段に座る勝三は、戦が無いとわかるや否や不貞腐れ始めてしまった。

 勝三を乗せている百段にしても、戦がないのが不服なのか、低く啼いている。

 ……やれやれ。


「戦が無い事は良い事だろう?」


「だけどよ旦那~! 俺、若の為に百だろうが千だろうが頸を上げるって気合入れてたのによ! 戦えねぇなんて武田の兵は腰抜けかっての!」


 百段の上でバタバタと暴れる勝三。

 ま、実際に信濃の軍の多くは伊那街道を進む織田軍に恐れをなして逃げたんだからいないのも仕方が無いよなぁ……。

 信濃での戦は確か鳥居峠と高遠城だけだった筈だ。

 歴史が変わっているから、それも変わっているのかもしれないが、今のところは変化はない。

 俺達は此の儘高遠城まで進むだけだ。


 吉継達の方も上手くいっていると良いんだが……。






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