第百十二話 前哨戦開始
1562年 美濃 岐阜城近郊 【視点:須藤惣兵衛元直】
「――あー……急な報せにも関わらず、皆良く集まってくれた」
岐阜城城下町より少し離れたところにある小屋――といってもそれなりに広く作らせた駐屯地みたいなモノだ――に、俺が金で雇っている者達が集まっていた。
”雑賀衆”に”甲賀忍衆”と”伊賀忍衆”、”根来衆”の中でも忍の技術を持つ者達だ。
「で? こんなに人数集めてどうしようってんだよ旦那?」
代表で、”雑賀衆”の鈴木重秀が俺に訊ねてくる。
「応。……さて、武田が攻めてくるという話は既に皆知ってると思う。だが、全てが整って本隊が美濃に来るのは早くても年が明けてからだ。そこで、本格的な戦になる前に武田を撤退させる――ってのが今回の俺の役目だ」
「だが、俺達は傭兵やら忍だぜ。俺達”雑賀衆”は前線に出る事には慣れてるが、伊賀忍や甲賀忍は違うだろ? 真っ当な戦なんて出来ねぇぞ。そこ等辺はどうするつもりなんだ?」
確かに、伏兵や奇襲等のゲリラ戦法を得意としている”雑賀衆”に、裏方や工作を得意とする忍では、武田の勇猛な騎馬軍団には太刀打ち出来ない事は明白だ。
だが、忍や傭兵には得意とする戦い方があるのだ。
「――無論。だから正面からは戦わねぇよ。俺達には俺達なりの戦い方があるのさ。――光俊・正永!」
「「――はっ!!」」
歩み出たのはそれぞれ俺の下で甲賀と伊賀の忍を束ねている多羅尾光俊と百地正永だ。
百地正永は、かの有名な伊賀を統括していた三人組の一人、百地丹波の父親である。
当主の座は若い丹波に譲っているが、忍としてはまだまだ現役だ。
百地丹波は、信長の下で伊賀忍を指揮している筈である。
「――先ずは炮烙玉や鉄片・火薬や撒菱や苦無等攻撃に使えそうなモノを集めてくれ。それと武田軍がどの道を使ってくるのかを調べ、先の戦の際に作っておいた隠れ場所に集めた道具を配分してくれ。特に火薬は重点的に用意しておいてくれ」
「「――承知!」」
そう言うと、光俊と正永の二人は部下達を連れて去っていく。
残ったのは”根来衆”と”雑賀衆”だ。
「お前達はいつもと同じく奇襲をして貰う。数十人単位で部隊を分けて行動してもらうから、分けておけ」
「応」
さてさて、じゃあネチネチとやらせて貰いますかね。
甲斐 躑躅ヶ崎館
「――殿! 戦支度全て整えて御座います! いつでも美濃に侵攻出来まする」
「信豊殿は既に木曾谷に向けて出立致しまして御座います」
「そうか」
側近である長坂と跡部の言葉に、勝頼は満足そうに頷く。
その光景を、家臣達は複雑な表情で見ていた。
長坂と跡部を苦々しそうに睨む者、まだ若く蛮勇とも言える行動に対し諫言したいが、そう出来ない者、武田と織田の勢力差や世情を鑑みて今後の行動を考える者。
評定の間は、表向きは粛々と軍議が進められていたが、水面下では様々な感情が渦巻いていた。
「――織田はどの様な状況だ?」
「――はっ。草が申しますれば、”軍監衆”が岐阜城に入城したとの報告がありました。しかしながら、”軍監衆”が率いる兵数など高が知れております」
「然り。奴等はただ雑兵を動かす事しか出来ぬ者。己が槍を振るう事無く、命令を下すだけの輩共。鉄砲は脅威ですが、武田の精兵が負ける筈も無し! 先ずは東美濃にある十八の城を落として見せましょうぞ」
二人の言葉を聞いて、勝頼は家臣達に命を降す。
「――ならばお主等と秋山にこの戦を任せよう。」
「「――はっ!」」