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第百十話 信玄無き武田

遅れてすみません。

 1562年 年末 甲斐 



 ”戦国最強の軍”甲斐武田。

 その名は日ノ本全土に知れ渡り、その武勇は敵を恐れさせる。

 そんな甲斐の城下は今、どこか陰鬱とした雰囲気を漂わせていた。

 道行く歩く人々の表情には活気も無く、数も少ない。

 ただ、そんな中でも生きていかなければならないのが人間だ。


「……聞いたかい? あの話」


「あぁ。……木曾様の話だろう?」


 城下町に住む民の住む長屋の奥では、長屋に住む女性達が井戸を囲んでヒソヒソと声を潜めて話し合っていた。


「なんでも織田と内通してるとか……真理姫様の御夫君。御当主様の義弟君だろうに」


 何時の世も、噂話とは広まるのが早いモノである。

 須藤達が命じ、甲賀・伊賀の忍達に広めさせた『木曾義昌が織田と内通している』という噂は、瞬く間に甲斐を駆け巡っていた。


「……だが、先代様が逝去なされてからというもの、税も重くなったしねぇ」


「そうそう。嫌だねぇ……」


「そうだねぇ……。先代様の頃は良かったんだけどねぇ」


 貧しい時、人というモノはどうしても昔を思い出すモノだ。

 正確に言えば、先の戦に負けた時点で武田は財政的にも窮地だったのだが、信玄や古参の将達が上手くやりくりしていた。

 それが、勝頼が当主となり、自分に近しい者達を優遇した結果、上手くいかずに露呈しただけなのだが、それを民が知る事は無い。





 甲斐 躑躅ヶ崎館 



 甲斐武田の居地、躑躅ヶ崎においても、市井と同様の噂が駆け巡っていた。

 まだ若き当主である武田勝頼はこれを知ると、即座に家臣達を集め、評定を行った。


「……義昌が裏切ったというのは真か?」


「――はっ! 草に調べさせましたところ、織田より書状を受け取った事は確かな様ですな」


「全く、一門衆であるというのに裏切るとは、人情の無い男ですな」


 勝頼の問いに答えたのは勝頼が当主となってから側近として台頭してきていた釣閑斎こと長坂光堅と、跡部勝資の二人である。

 それまで武田を支えていた馬場信春や内藤昌豊等の宿老達は、どこか悔し気な、何かを言いたそうな顔をしながら端に控えていた。

 だが、一言も喋る事は無い。

 勝頼は側近達の言葉に頷くと、野心と憎悪を滾らせた表情で命を下す。


「……ならば、先に申した通り美濃明智城を攻め入るのに加え、木曾義昌を討つ! 戦支度をせよ! 先ずは織田本隊が美濃に到着する前に明智城を落とす!! 典厩!」


「――はっ!」


 進み出たのは典厩と呼ばれた男。

 上杉との戦で死んだ典厩こと武田信繁の子信豊である。

 父が死んだ後、勝頼の側近の一人となっていた。

 父親である信繁も典厩と名乗っていたことから、”後典厩”とも言われている。


「お主には木曾義昌の討伐を命ずる!」


「……真理姫様は如何なさるおつもりで?」


 信豊の問いに、勝頼は少しばかり考える。

 だが、即座に答えを出す。


「……武田の不利となる様ならば、殺しても構わぬ」


「……はっ」


「――皆、今が武田にとっての切所! 御旗・楯無に誓い、父上が果たせなかった上洛と天下を武田に齎さん!」


「「「「――はっ!!」」」」


 この時、勝頼はもう少し詳しく忍に木曾を調べさせれば良かった。

 だが、武田の当主として何とか家臣達に父信玄と同等かそれ以上に認められなくてはならないという思いによって、それは成されなかった。

 勝頼はただ、功績が欲しかった。

 だが、それによって武田は破滅へと踏み出す事になる。





「……小山田殿」


「――これは穴山殿、如何なされた」


 評定が終わり、家臣達が去る中、武田の宿老の一人である小山田信茂が、武田一門衆である穴山信君に話しかけられていた。


「……小山田殿は織田との戦、どう思われる?」


「……と、言いますと?」


「昨今、武田は苦境に立たされております。民は重税に苦しみ、いつ来る共知れぬ敵に怯えております。しかし、殿はそれが見えておらぬ」


 穴山の言葉に同意しかけるが、小山田は溜息を吐いてそれを呑みこんだ。


「……殿もお若い身。更に御館様の跡を継いだのであれば、その身に掛かる期待と重圧に眼も曇りましょう。……某等家臣が補佐し、盛り立てなければ」


「――だがっ!!」


 思わず大声になった穴山だが、小山田の顔を見て直ぐに此処がどこかを思い出し、冷静になる。


「…………だが、既に我等は朝廷から”東夷”と認められたのですぞ。それに近頃の長坂と跡部の言動は目に余る! 殿の寵愛を受けているのを良い事に、馬場殿を筆頭に旧臣達をないがしろにしているのですぞ!」


「……穴山殿」


「某は一門衆なれど……穴山という家を守らねばなりませぬ。どの様な手を使っても。――失礼」


「……」


 去っていく穴山を、小山田は悲し気な表情で見送った。




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