第百六話 今川領へ
今回は短めです。
すいません。
1562年 八月 駿府館
駿府を領地とする今川家当主今川氏真は、評定の間で使者を前にしていた。
「お久しゅう御座います治部太輔様」
「あぁ。久しいな須藤殿。お主は相も変わらず忙しそうだな。此方にもお主の功は聞こえてきたぞ」
”軍監衆”須藤惣兵衛元直。
彼が織田からの使者としてやってきていた。
須藤が氏真と初めて会ったのは、信長が権大納言に任命された際の献上品の返礼に向かった際だった。
毛利攻めの為に半数を備中、残りの将兵の中でも武闘派達を越前に向かわせ、残る将達も京に残って朝廷や公家達との取次や城の築城等やることが多く、使者として動けるのが須藤のみだったからである。
徳川に使者として向かったその足で、駿河に来ていた。
「……此方が上総介よりの書状に御座います」
「うむ。……泰朝」
「――はっ! では須藤殿、某が預かろう」
須藤が懐から差し出した書状を朝比奈泰朝が受け取り、それを氏真まで届ける。
氏真は泰朝から書状を受け取ると、それを開いて読み始めた。
「……ふむ。武田の当主が死んだという噂は駿府にも広まっていたが、武田を滅ぼすか」
その噂を広めたのは、織田方だった。
三年の間自分の死を隠せと家臣に命じていた事を知っている須藤は、忍に調べさせ、史実通り武田が信玄の死を隠そうとしている事を知るや否や、甲賀や伊賀忍を放ち、各国に噂を流させた。
『信玄が病により死んだ』という噂を。
「――上総介はそう考えております。既に知られておりましょうが、朝廷より、武田は”東夷”と認定されました。……武田は既に”朝敵”。治部太輔様と家臣の皆様には、この朝敵の征伐に協力頂きたく」
平伏して言う須藤に、氏真も常に浮かべている儚さそうな暗い笑みを湛えた儘、頷く。
「……成程。して、我が元に来たのはそれだけではないのだろう」
氏真の言葉に、須藤は頷く。
「はい。……先触れにも伝えました通り、北条にも協力を要請したいと考えておりまする。御当主たる氏政殿と姻戚関係にある治部太輔様にその仲介をお願いしたく」
「あぁ。……無論だ。織田とは同盟とはいかぬまでも、大事な協力関係。今更協力は惜しまぬよ。義弟には私からも書状を送ろう。……上総介殿からの書状は?」
「はっ! 此方に」
須藤は懐からもう一つ書状を取り出し、泰朝に渡す。
信長が北条家当主氏政に宛てた書状である。
内容は武田との戦への協力要請だ。
「ふむ。……苦労だったな須藤。部屋を用意させた。今日はゆるりと休むが良い」
「忝ない。……有り難く休ませて頂きます」
須藤達の準備は続いていた。