第百三話 織田の次代を担う者達 その1
1562年 六月 備中 織田本陣
武田信玄死去の急報を受けた翌日、俺は秀吉に会おうと織田軍本陣に来ていた。
大将である秀吉にも報告しないとまずいからな。
……しかし、足軽だった奴が、いつの間にやら一部隊どころか、一方面軍のトップになるとは、史実を知っている身としても感慨深いものがあるな。
「秀吉はいるか?」
小姓にそう訊ねると、真面目そうなその小姓は、
「……はい。中におられます。如何なる用件で御座いましょうか?」
警戒心を隠そうともしない不愛想な顔でそう聞いてきた。
「――少し秀吉と話がしたくてな。通してくれるか?」
「――はっ。案内仕る」
小姓に案内された俺が、秀吉に会いに行くと、若い武将――とはいえ十代後半か二十代前半程――二人と話している姿が見えた。
片方は大柄で、片方は半兵衛までとは言わないが、華奢な雰囲気だ。
若い将二人は秀吉から何かを教わってるのか、しきりに頷いている。
申し訳ないと思いながらも、一応は重大な報告の為、声を掛ける。
「――秀吉!」
俺の声が聞こえたのか、秀吉は周囲を見回し、俺を見ると笑みを浮かべる。
「須藤殿、如何になされた?」
「少しばかり報告があって来たんだが……今、大丈夫か?」
「――ふむ、どうやら急報の様ですな」
少しすれば知る事だ。
俺は勿体ぶらずにとっとと言う。
「あぁ。……武田信玄が死んだらしい」
その言葉を聞いて、秀吉や、その近くで話を聞いていた若い将達が驚く。
「――既に信長には書状を送っ「――殿を『信長』呼びとは無礼ではありませぬか?」――っと?」
俺が話していると、若い内の片割れ――大柄の方がそう言ってきた。
……そう言えばそうか。
普通殿――自分が仕えている主を呼び捨てにはしないよな。
今まで普通に『信長』呼びしてきたから全然気にしてなかったけど。
「――与右衛門。良いのだ。須藤殿は殿とは竹馬の友の間柄。殿も須藤殿のみ、その言葉使いを許しておるし、それを咎めるどころか、敬語なんぞ使えば気味悪がられる。この方と殿は、それで良いのだ」
どう返そうかと考えていると、秀吉がフォローしてくれた。
「秀吉、この者達は?」
「ははっ! 此方の大柄の者は我が弟秀長に仕える藤堂与右衛門高虎と申す者。もう一人は大谷紀之介吉継。両名共、若いながらも武勇・知略にと才を見せる者達に御座る」
藤堂と大谷…………ほぉ!!
築城の名手の藤堂高虎と大谷吉継か!
こりゃまた有名人だ。
おー……心の中で拝んどこ。
いやぁ有名人に会えるとはありがたやありがたや。
つーか藤堂は兎も角、大谷吉継は分からなかったわ。
ゲームでの包帯姿や白頭巾姿を想像するのが普通だからな。
晩年眼が見えなかったのは確かなのだろうが、それが何を原因とするのか等は分かっていないし、包帯で顔を覆っていた、等と書かれていたのは江戸時代になってからの書物だった筈だ。
少なくとも、俺の目の前にいる大谷吉継は包帯姿でも白頭巾姿でもない。
「――”軍監衆”の須藤惣兵衛元直だ。以後、お見知りおいてくれ」
俺が名乗ると、藤堂は少し慌てて、大谷は悠然と頭を下げ、名乗る。
「――っ! ”今元直”殿に御座いましたか。先程は失礼を。藤堂与右衛門高虎に御座いまする」
「――大谷紀之介吉継。引き回しの程……宜しく……お頼み申します」
「応。……まぁ見ての通り無精者だ。畏まらなくて良いからな――っと、そうだ。報告の続きだ。信長には書状を届けてる。信長からの反応待ちだが、それによっては毛利攻めを中断して、武田を攻めるかもな。一応、動けるように仕度はしとけって言いに来たんだ」
「成程。武田の息の根を止める訳ですな。確かに、信玄亡き後でも、”武田騎馬軍団”は健在。十分な脅威となりましょうからな。それに跡を継いだ者にとっては『織田との戦での勝利』は後継者である事を認めさせるに十分な戦果。毛利に眼を向けている今、狙ってくる可能性もある、と」
「ま、信長からの返答が来たら、そこら辺の判断は大将のお前や半兵衛達に任せるわ。忍が書状を持ってきたら俺のところではなくお前のところに持って来させよう」
「――良いのですか?」
秀吉の問いに、俺は頷く。
「良いんだよ。毛利攻めの大将はお前だ。なら、大将の判断に従うのが俺達の仕事だしな。じゃ、俺は暫くゆっくりさせて貰うわ。与右衛門と紀之介も、秀吉に色々と学ぶと良いさ」
「「――はい」」
俺は背を向けて、ヒラヒラと手を振りながら陣を去っていった。