第百一話 備中到着と急報
1562年 六月上旬 備中 高松 織田軍本陣
「――”軍監衆”須藤元直殿御到着!」
備中に到着した俺は、周辺を警戒する見回りの兵に織田本陣に案内された。
本陣の中心に置かれた卓の前で、織田軍諸将等が待っていた。
秀吉を筆頭に、”軍監衆”から官兵衛・半兵衛。
蜂須賀正勝・山内一豊・津田将監・杉原家次・堀尾吉晴・花房職秀等秀吉配下の家臣達。
三好義継等阿波の三好に、高山右近等摂津国人衆、そして明智光秀。
その近くには幾人かの小姓が控えている。
「久しぶりだな秀吉」
俺が声を掛けると、秀吉が立ち上がる。
「――おぉ、お久し振りに御座います須藤殿!」
相変わらずのサル顔で、”人たらし”の言葉通り、人が好きそうな笑みを浮かべている。
「ようおいで下さいました! ささ、此方にどうぞ」
秀吉に促され、俺は半兵衛・官兵衛の隣に用意されていた椅子に座る。
「――して、状況は如何なってるんだ?」
「うむ。……半兵衛殿、状況を今一度整理したい。頼めますかな?」
「――はっ。現在攻めている高松城は、毛利の忠臣清水宗治が城主を務め、現在五千の兵が詰めております。東から北を峻厳な山が、西には川が、そして南側には沼が広がっている沼城あり、騎馬にも、鉄砲にも強い堅城となっております。何度か兵を出しましたが、その都度敗走を余儀なくされております。安易に攻めれば、負けるのは此方でしょう」
……ふむ。
”高松城の戦い”が史実では信長の死後行われている事もあるが、大筋では状況が変化している訳では無い。
”本能寺の変”の首謀者である明智殿もここにいることから、”本能寺の変”は起きないだろうとは考えられるが、やはり大きく歴史は変わっている様だ。
――それは置いといて。
「周囲の小城は既に此方の手の中にあるますが、何時毛利からの援軍がやって来るともわかりませぬ」
半兵衛の言葉を、秀吉が引き継ぐ。
「なるべくならばこれ以上の兵の消耗は抑えたい。どうにか策はないかと考えていた次第」
ふむふむ。
いや、なら史実で官兵衛がやった水攻めが一番良いんじゃないか?
官兵衛だったら、既に思いついているだろう。
「……官兵衛。お前は既に思いついてる、だろ?」
そう言った俺に、一瞬驚いた顔をした官兵衛だが、直ぐに笑みに変える。
「おや、須藤殿も同じ結論に達しましたか。兵の消耗を抑え、城の機能を失わせる策。それは――」
「「――水攻め」」
うん。官兵衛なその考えに至るだろうな。
官兵衛は立ち上がると、中心に置いた周辺地図を指さす。
「――ここ、高松城は西方に足守川がありまする。これを使わぬ手は無いでしょう。雨の良く降る時期を狙い、堤防を築き、川の水をせき止め、増水させれば宜しい。さすれば、高松城は水に沈みましょう」
その案を聞いた秀吉達は、直ぐに実行に移そうとした。
だが、数日後、伊賀の忍が急報を持ってきた。
“甲斐の虎”。戦国屈指の戦上手。
武田信玄が死んだというのである。
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