第九十七話 備前攻略 経過
1562年 備前
「――報告! 森長可様の軍、軍監殿の策を無視して宇喜多直家が城に向け突撃を開始致しました!」
備前攻略軍大将織田信重とその守衛をしている木下秀長が戦の成り行きを見守っていると、前線から慌てた様子で兵士が駆け込んできた。
「……長可殿が独断専行ですか。どうなされますかな若――若?」
その報告を聞いた秀長は、どうするべきかと信重を見るが、直ぐに疑問の表情を浮かべた。
「――ァハハ、ハハハ!」
信重が笑っていたからである。
その姿が、主君である信長と被って見えたのだ。
流石父子、年々仕草や笑い方、言葉使い等が似てきている。
「ハハハハハ! ――ぁあ……あぁ、すまんな秀長。……勝三め、我慢ならなくなったか。仕方の無い奴だ。後で須藤と三左に叱られように」
信重は、さも可笑しそうに声を出して笑う。
一頻り笑った信重は、笑いを我慢する様に瞑目し、一度大きく息を吸ってから立ち上がり、その場にいる皆に聞こえる様にと声を張り上げて号令を出す。
「――こうなれば策も意味を成さぬ。――鏑矢を二つ上げよ! 此の儘攻め入るぞ!」
「「「「――はっ!!」」」」
「――秀長、先手は任せるぞ。勝三等を援護せよ」
「承知っ!!」
織田本陣は織田信重の号令の下、動き出した。
――ヒュン!! ヒュン!!
空に飛翔しながら音を鳴らす鏑矢の音に、別動隊として動いていた森三左衛門可成は空を見上げ、上がった鏑矢が二本である事を確認した。
「……鏑矢二本……『策は成らず、しかし攻撃は続行』――か」
二本である理由は思いつかないが、しかし直ぐに知る事となった。
「――長可様命を無視し宇喜多が籠る城へと突撃開始!!」
その報告を聞いた可成は、溜息を吐いた。
「――はぁ。ったく、アイツは……手前は若やら柊等と須藤に軍略を学んだろうが。ま、それを使わずとも攻略出来ると各務が思っちまったんだろうが」
そんな事を独り言ちる。
命令違反を気にしているでも、長可等の命を心配してる訳でもない。
「……また叱らねぇといけねぇか」
可成は馬上で槍を構え、宇喜多の籠る城を鋭く睨む。
そしてまるで肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべ、
「――俺達は別方向から攻めるぞ! 長可にはまだ負ける訳にはいかねぇからな」
馬を走らせて駆け出した。
「「「「――応!!」」」」
そして、可成に続く様にして屈強な男達も駆け出す。
その表情は、どれも生き生きとした、嬉しそうな笑みだ。
彼等も結局、長可と同じく、戦が好きなのである。
【視点:須藤惣兵衛元直】
――ヒュン!! ヒュン!!
……鏑矢? それも二本だと?
策が失敗したのか?
でも二本て事は『戦は続ける、進軍せよ』って事だから此方に不利な状況では無い筈なのだが……。
俺と”雑賀衆”は、敗走してきた兵を叩く為に木々に隠れて待機していた。
「――報告致します」
そこに、情報収集及び伝達役として戦場各地に散っていた甲賀の忍の内一人が駆け寄って来た。
「――なんだ?」
「森家次代長可様が、その手勢と共に宇喜多勢先鋒を打ち破り、更に敵を撃破しながら城に向けて進軍しております」
…………ナンデスト?
あんの野郎! 俺の命令を聞かねぇで突撃しやがったか!
史実の長可も命令違反の常習犯だったことは知ってるけどもさ!
成程、だから鏑矢が二本って事か。
『策は失敗したが、状況は此方が有利故其の儘戦闘は続行せよ』――今回の戦で、鏑矢二本にその様な意味合いを付けていた。
因みに一本は『策失敗及び状況的な不利故即時撤退せよ』。
三本では『策の成功』である。
三本が『策の成功』を知らせる意味合いで使うのは、窮地である場合の連絡手段をなるべく簡単にしたいからだ。
三人が撃ったり、一人で三つ撃ったりよりは、一人が撃った方が早いし、武器を手に戦う兵が減らずに済む。
……まぁ二人増えたところでたかが――って感じだけど。
「……どうする旦那?」
重秀の問いに、俺は少しばかり考え、
「――俺達は此の儘敗走した兵を叩く。皆、支度を整えておいてくれ」
「「「「――応!!」」」」
一応「宇喜多直家は殺さず捕縛せよ」って命令は出してるけど、三左殿も長可も守ってくれるかなぁ……。
何方かと言えば、策の失敗よりもそっちの方が心配だった。




