第九十四話 備中に向かうその前に
1562年 五月 備前 【視点:須藤惣兵衛元直】
……。
…………。
………………。
「――殿。須藤殿、起きなされ」
「……寝てない」
…………ぐぅ――はっ!!
俺が眼を覚ますと、まだ馬上であった。
隣で同じく馬に揺られている秀吉の弟である秀長が、苦笑いを浮かべている。
「……ハハハ、須藤殿は器用なモノですな。馬を操舵しながら寝るとは」
「……マジか」
俺、どんだけ疲れてんだよ。
馬に揺られた儘寝るって相当疲れているって事じゃねぇか。
良く落ちなかったな俺。
まぁ思い出して見れば昨年の九月に越後への侵攻が始まって、下旬には救援に行って、其の儘和睦の使者として七尾城を訪れたと思いきや、其の儘今年一月には丹波攻めである。
柊殿と吉千代の顔はもう数ヵ月は見てない事になる。
……俺、吉千代に父親だって理解されてんのか心配だよ。
「……今どこだ?」
「一路先ずは備前を目指しておりますが、もう少しに御座いますよ」
「……そうか」
俺達は当初、秀吉等が攻めている備中に向かっていた。
だが、備前で支配圏を拡大していた宇喜多直家が毛利と手を組み、織田軍と敵対した言う報を聞いて、其方に向かう事になったのだった。
どうやら、秀吉達は其の儘備中で高松城や毛利水軍との戦をしており、備前には京で待機していた信重様や三左殿、長可が先に向かっている。
「おや、どうやら本陣が見えてきた様ですぞ」
「……じゃ、急ぐとしようか」
俺達は馬を走らせ、備前国の織田軍本陣へと急いだ。
「――久しいな須藤。よく来てくれた。壮健だったか?」
「はい。信重様もお変わりなく」
俺達が本陣に到着すると、直ぐに信重様等の歓待を受けた。
しかし、暫く見ない内にまた背が伸びたか?
話し方も、どこか信長に似てきている気がする。
信重様と話していると、三左殿も近寄って来た。
「――須藤! お前の活躍はここにも聞こえてきたぞ。丹波を落としたらしいな」
「三左殿! 久しぶり。三左殿も元気そうだな」
「応よ! 歳はそれなりに取ったとは言え、まだまだ長可に当主の座はくれてやらねぇさ」
そう言って闊達に笑う三左殿。
……史実において”宇佐山城の戦い”で死んでいる三左殿がこうして笑ってるのを見ると、この世界がどれだけ史実から乖離した世界なのかを思い知らされる。
それが、俺が動いた結果だとするならば、俺は動いて良かったと思えるのだ。
何せ、尾張一国時代から俺に良くしてくれた人だしな。
そしてもう一人――
「須藤の旦那! 待ってたぜ!」
森勝三長可。
史実における”戦国四大DQN”の一人にして”鬼武蔵”の異名を持つ嫌われ者。
だが、この世界では俺の教え (?)の賜物か、見事に主に忠誠を尽くす中型犬となった。
一応十代後半であるのに、出会った時と変わらぬ快活さである。
まぁこの様を見てると”四大DQN”とは言えないなぁ……。
つーか、ホントに此奴は武の腕は成長したのだが、お頭がまるで成長していない。
氏郷殿や忠興等と茶を研鑽しているって噂は与一郎殿達から聞くけども。
どうやらこの三人最近仲が良いらしく、年齢も近く、趣味も同じ故か、親しい様だ。
仲が良い事は良いんだが、”四大DQN”の内二人が揃ってるんですが……。
後はまだ若い梵天丸――伊達政宗の事だ――と、島津忠恒揃えば”戦国四大DQN”コンプリートだ。
いや、揃っても嬉しくないし、残る片方は東北、片方は九州で、出会う気配はまだ無いけど。
取り敢えず、援軍が送られてくるかもしれないが、現状は俺・信重様・三左殿・長可・秀長に、いつの間にやら秀長が要請していた”雑賀衆”達で、備前攻略を進める事になった。
相手は”戦国三大悪人”の一人、宇喜多直家である。