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第九十話 和睦

 案内された俺達が下段の間で家臣達に案内されると、既に幾人かの家臣が座っており、此方を値踏みする様な視線を向けてくる。

 どれも織田家臣団に負けない知略、武勇に優れていそうな強者ばかりである。

 それを気にしない様にしながら、下段の間中央に座る。


「輝政様御出座!」


 家臣の一人の内、恐らく一番年上であろう将が声を上げると、それに合わせ、上杉家臣団が一斉に頭を下げる。

 入って来たのは頭を行人包で覆った人物だった。

 俺が予想したよりも華奢で、身長もそこまで高くない。

 これが上杉謙信――いや、輝政か。


「御初に御目にかかります。織田家臣細川与一郎藤孝に御座います」


「同じく、須藤惣兵衛元直に御座います」


 俺と与一郎殿は、揃って頭を下げ、名乗る。


「良くぞ参った細川兵部大輔殿。私が越後国主上杉輝政です」


 正体不明の上杉家当主から聞こえてきたのは若い男の声だ。

 与一郎殿が”元幕臣”だからだろう。

 彼に対する言葉使いは丁寧だった。

 輝政公が名乗ると、与一郎殿はニコニコと笑いながら顔を上げ、


「いやはや、しかしながら……」


「京よりここまでは遠く、険しい道で御座いますなぁ……。某、馬に揺られ過ぎて身体のあちこちが痛うて痛うて仕方が御座いませぬ」


 そう言いながら、肩や腕を揉んだり、叩いたりして、苦労したアピールをする。

 ――ほーら、始まった。

 細川与一郎の十八番である、”無駄話”だ。

 これで相手のペースを乱し、自分に有利に動かす。


「そ、そうか。……長旅、苦労でありましたな」


 ほら、若干引いちゃってるじゃん。

 そんな輝政公に笑いかけ、与一郎殿は言葉を続ける。


「いやいや、能登は自然に富み、美しき風景が多数ありました故、身体は兎も角、心は非常に健やかでありますよ」


 そう言ってため息を吐き、


「それにこれ程までに峻厳な山や、環境、地形故に、能登・越後の屈強で精強な兵が生まれるのかと思うと、”弱兵”と言われることが多い尾張やそれよりも更に”弱兵”と侮られる旧幕府軍は近くの山にでも籠って修験道が如く心身を鍛えるべきだと思いまするよ。いや、某はやりとう御座いませぬが。……某は茶を立て、花を愛でる方が己に似合うと思っております故」


「…………して、要件は」


 のべつ幕無しに喋る与一郎殿に気圧された様な、呆れた様な表情で溜息を吐いた輝政公は、ただ端的にそう訊ねてきた。

 与一郎殿は指摘されて今気づいた、とでもいう様な表情を見せるが、本題が始まるとその表情を真顔へと変化させる。


「おっと、そうでした。ついつい愚痴を漏らしてしまうのは拙者の悪い癖ですな。……和睦を、結びたく」


「和睦ですと?」


 先程の老将が、不思議そうに訊ねてくる。


「左様。織田は現在毛利と戦をしておりますが、そちらに集中したいのですよ」


「で、ありましょうな」


 納得した様に頷くところ悪いが、俺も発言させて貰おう。


「それに、上杉とて織田にばかり眼を向けている訳にもいかぬと思いますが」


「……どういうことですかな?」


 俺の言葉に、輝政を含め上杉の将達が不思議そうな表情を浮かべる。


「伊達に北条、武田。上杉には外敵が多いでしょう? それに家中にも火種はあると思われますが?」


 北条は今川を通じ、それなりに良い関係を築けているので、織田に味方してくれるだろうし、武田もまだ壊滅しておらず、今はまだ国を整えている状態だが、何れは再び動き出すだろう。

 それ以外――伊達や家中の火種は、既に動き出しているといっても良い。

 伊達輝宗……つまりは有名な”独眼竜”の父親とは、史実においても関係が良く、家臣を通じて何度も書状のやり取りをするなど友好的な関係だ。

 この前の信長の『大納言任命』の際にも、遅れて鷹が何羽も送られてきた。

 越後、中国を相手にすると決めた際に、書状を送っておいたのだ。

 向こうにとっても、上杉は難敵である。

 協力関係になるのには、そう時間が掛からなかった。

 そして、家中では本庄や北条等、裏切りそうな武将に調略の手を伸ばしている。


「現在、武田は先の敗戦により動くことは出来ず、北条、伊達に対しては備えてありますれば、心配はご無用。また、家中は輝政様の元一丸となっております。そちらの方こそ烏合の衆を纏めるのは大変でございましょう?」


 ……むぅ。鋭い事を言うなこのおっさんは。

 織田とて、家中が完全に一つかと言えばそうでもない。

 同盟者である長宗我部は勿論、本能寺で裏切った明智もいるし、天下を取った徳川もいる。

 怪しく、尚且つ敵になりうる連中ばかりである。


「おっと、これは痛い所を突かれましたな、ハッハッハ! さて、ならば此方も次の手に参りましょうか。……此方を」


 だが、与一郎殿はそれを一笑すると、懐から手紙を取り出し、近くの将へと渡す。


「これは……書状ですな。近衛殿から……ですか。開けても?」


「えぇ、勿論。妹の絶殿に宛てた文も御座いますればそちらは後でお渡しくだされ」


「では……成る程。恩人である織田と戦をして欲しくはない。軍を退いて欲しい……ですか」


 文は近衛前久殿から輝政に充てたもので、織田との戦を止める様に、といった内容だ。

 これが、最終兵器である。


「ほぉ、その様な事が! 遠き地に嫁いだ妹と、その家の身を案じ、それと同時に恩ある家のことも考える。……なんとも、なんとも美しいではないですか!」


 与一郎殿は書の内容を知っているが、今知ったかの様に驚き――何せ書かせたのは与一郎殿だからだ――つつも、兄妹の思いに大袈裟に感動する。

 ”義”を大切にする――なんて後世のゲーム等でキャラ付けされている上杉である。

 まさか家族である近衛殿からの言葉を突っぱねる事は出来ないだろう。


「……そうですな。近衛殿はお優しい方ですから。しかし、そちらと近衛殿はどのような縁で? 確か本願寺にいるはずですが?」


 老将がそう聞いてくるが、与一郎殿は余裕の笑みを返す。


「本願寺も今は織田の勢力下。本願寺が勢力下に入った際、間に入ったのが近衛殿でしたのでな。加えて、公家や朝廷との取りつぎにも協力して頂いておりますよ」


「そうですか……」


 さて、与一郎殿の雑談も一段落した様だし、


「……では、返答を頂きたく」


「こちらとしてもその和睦受けたいところだが、条件を付けさせて貰いたい」


「えぇ、それは当然でしょうからな。聞きましょう」


 老将の言葉に、俺は頷く。

 まぁ此方から和睦を提案したので、仕方が無い。


「まず能登、越中、越後そして北信濃への侵攻はしないこと。そしてもう一つ。近衛殿との書状のやりとりをやらせていただきたい」


 ……同盟関係の神保と畠山を気にしたか。

 上杉は領土に関する欲がないらしい。

 此方としては嬉しい誤算だ。


「ふむ。妥当でしょうな。しかしながら、書状のやり取りは危険ですな。織田の情報を掴まれてしまいましょうし、その際は一度“軍監衆”を通し、内容を調べさせて頂きますが、宜しいか?」


「かまいませぬ。輝政様と妹君が家族である近衛殿に近況を伝えるだけの手紙で御座いますからな。しかし兄妹の手紙のやりとりまで内容を調べるとは、軍監とは警戒深い方々なのですな」


 老将が、俺を睨みつけるが、それはスルーだ。

 敵方からそう思われてるかなんて気になんてしない。

 どうせ悪評ばかりだろうし。


「やめろ定満……申し訳ないお二方。手紙に関してはどうぞお調べくだされ」


 輝政公が老将を止め、そう言ってくる。

 ……定満、定満。

 あ、宇佐美定満か。

 おー、重鎮だな。

 って事は此処にいるのは柿崎や甘粕、直江等の上杉家重鎮達なのだろう。


「忝なく。……では、その条件で」


「えぇ、問題ありません。さて、お二方とも今日はお疲れでしょう。質素ながら食事と寝泊まりする部屋を設けさせていただきました。宜しければ今日一日ここでお寛ぎ下され」


 輝政公の提案を、断る訳にはいかない。

 まとまった和睦を反故されても困るしな。

 一日、能登の夜を楽しませて貰おう。


「おぉ、それは有難い」


「いやぁ、こういった場はえらく緊張致しますし、拙者もくたくたですからなぁ。有難く、休ませて頂きまする」


 俺と与一郎殿は再び揃って頭を下げ、案内役の将に連れられて、俺達はその場から退室した。

 ……ふぅ、緊張したぜ。

 どうにか表情は保てたけど。



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