第八十九話 七尾城へ
前話で書いた最終手段……という程ではありませんが、色々と裏で動いてるんです。
……じゃあ”最終手段”ってところを修正しろ、ですよね。
……どうしよう。
1561年 九月 能登国 【視点:須藤惣兵衛元直】
”手取川の戦い”は、史実通り上杉の勝利に終わったといっても良いだろう。
次に俺がするべき事は、これ以上被害を拡大しない様にすることだ。
そんな訳で、俺は上杉――とその同盟関係にある畠山――が取り戻した七尾城に向かっていた。
「……いやぁ能登に来ることになるとは、この細川与一郎思いもしませんでしたなぁ……。真、見事な景色ですなぁ惣兵衛殿」
……細川与一郎と共に。
理由は上杉との和睦を結ぶ為である。
幕臣であった与一郎殿ならば、上杉に与える印象や影響も違うだろう。
歴代”関東官領”の地位を与えられ、足利幕府に忠義を尽くして来た上杉家だからこそ。
肝心の幕府が無くなったといっても、足利幕府に仕えた名家”細川”の名は大きいだろう。
だからこそ細川殿を連れてきたのだ。
更にもう二つ程”手札”はあるのだが、まぁそれは今は良い。
「与一郎殿、”越後の龍”上杉輝政とはどの様な御仁なんだ?」
「そうですな。……某は真に残念ながらお会いした事はありませぬが、常に行人包を被り、素顔を晒さぬと聞いております。義輝様も、その為人を気に入られた様でしたな」
……素顔を晒さない、ねぇ。
上杉謙信は意外と背が小さかったって言うが、俺のイメージとしては某ゲームのせいで、長身の大男だ。
武田信玄や北条氏康等からも、人格に対する評価は高い。
一方で、後世では『己が毘沙門天の転生である』と称した事から、自己愛が強いとも言われ、権威を重んじる権威主義で、かつ室町幕府の復興を願う復古主義者とも言われている等、評価が難しい人物だ。
……ま、会ってみるまでわからないか。
楽しみにしておこう。
「――じゃ、行くとしようか」
「えぇ、景色を楽しみながら、ゆっくりと参りましょう」
七尾城に到着した俺達は、先ず控えの部屋に案内された。
「ふむ、流石”天宮”とも称される七尾城。見事な景色ですな。見て下され須藤殿、山々が小さく見え、遠くには海が見えますぞ。いやぁ~美しいですなぁ」
……なんで与一郎殿が言うと胡散臭く聞こえるんだろうか?
やっぱ喋り方か? それとも雰囲気か?
いや、本心で言ってるってのは分かるんだけどさ。
「……失礼致します。お茶をお持ち致しました」
と、そこに女中だろう。
美しい相貌の長い黒髪の女性が茶と茶菓子が乗せられた盆を持って来た。
愛らしい、というよりは凛々しいという言葉が似合う女性だ。
恐らく歳は俺よりも数歳下。
多分だが、身なりといい所作といい、上杉か畠山の将の誰かの奥だろう。
だが、どこか鋭さというか、空気が張り詰める感じがするのは気のせいか。
……あれか、越後って女もこんなに”歴戦感”出すの?
柊殿みたいな武道を嗜んでる人間特有の”鋭さ”を感じる。
「おぉ、有難く頂戴致しましょう須藤殿」
それに気付いているだろうが、与一郎殿はニコニコと笑う。
「そうですな。頂くとしましょう」
俺も笑みを浮かべて頷く。
女中は盆を置くと、静かに平伏して去って行った。
そして、暫くは二人でほのぼのと茶を飲みながら待っていると、
「お待たせ致しました。これより案内致します」
障子を開け、この時代にはないが、眼鏡が似合いそうな、真面目そうな男が姿を見せた。
「では、“毘沙門天”の顔を拝みにいくとしようか与一郎殿」
「えぇ、”毘沙門天”は敬虔に拝せば、“勝負事”に利益を齎すと言われておりますし、平伏して拝するとでもしてみましょうか」
俺と与一郎殿はそんな冗談を言いながら、男の後ろを着いていった。




