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第八十七話 手取川の戦い

利益のイメージはゲームや漫画等で出てくる豪放磊落な慶次のイメージです。


 1561年 加賀 手取川 織田軍本陣



「……馬鹿な」


 織田越後・能登調略軍大将である柴田権六勝家は、呆然としていた。

 松明の明かりだけがほんのりの明かりを灯す暗闇の中聞こえる剣の打ち合う甲高い音と、怒声、そして悲鳴、それをかき消すような雨が降っていた。


「……これが”軍神”。……”甲斐の虎”と並び称される”越後の龍”、か」


 ただそう呟き、悔しそうに、幾つも掲げられている”毘”の軍旗を睨むので精一杯だった。




 長続連等親織田派が奪取した七尾城が上杉軍に包囲され、落ちたという情報が齎されたのは、柴田軍が手取川を渡った後だった。

 勝家が「偽の情報に惑わされた」と気付いた時には、時既に遅かった。

 だが、歴戦の猛者である”鬼柴田”は即時決断。

 撤退を決め、軍を退かせる仕度を急がせたが、”戦国最強”と名高き武田と並ぶ程に精強であると噂される上杉による夜襲を受けた。

 これには、数多の戦場を潜り抜け、勝利してきた織田軍の将兵達も慌てる他ない。

 こんな暗い中、しかも雨が降っているのでは、織田軍の重要な戦力である鉄砲を筆頭とした火器類など役に立たず、大軍であるが故に油断しきっていた兵士達も、散々に逃げるしかない。

 こんな時ばかり、須藤が送って来た書状の事を思い出す。


『上杉は必ず鉄砲の使えない時を狙ってくる。決して油断するな』


 そう書かれていた。

 そう忠告されていた。

 なのに、それを勝家は忘れていた。

 いや、忘れていたのではない。


 ――油断だ。


 織田信長という何れ天下人になる人物に仕えている誇りが、織田こそ、天下に最も近い軍勢であるという自負が、忘れさせていたのだ。

 だが、それを恥じている時間などない。


「――成政! 利家! 一益! 五郎左! 軍を纏めよ!」


「「「――承知!!」」」


 自分を慕う者達と、轡を並べる友達――信頼出来る戦友に声を掛け、


「――越前まで撤退する!!」


 先ずはこの窮地を脱する事から、始めよう。




「いいねぇ! さぁすが上杉! ……さてと、じゃあ、俺ァ愉しませて貰おうかね」


 織田軍が撤退する中、一人の将が笑みを浮かべていた。

 織田家臣前田利家の甥、前田利益である。

 逃げ出していく兵を尻目に、上杉軍の本隊へゆっくりと歩き出す。


「――待て! 慶次郎! 何処にいくつもりだ!」


 そんな利益を見つけ、叔父の利家が声を荒げて制止しようとするが、


「止めんなよ叔父貴ィ。待ちわびた愉しめそうな戦場だ。悪いが、自由にさせて貰う――ぜ!!」


 そう言って槍を扱くと、目の前に来た上杉の兵を突き殺し、獰猛に笑う。


「“軍神”……どんだけ強いのか。死合わせて貰おうか!」


 利益は、槍で周囲の敵を殺しながら、堂々と進んでいった。





 京 二条御所 【視点:須藤惣兵衛元直】



「……は? 柴田殿等が敗れた?」


「――はっ! 現在は越前丸岡城に撤退中との事」


 ……やっぱりかぁ。

 柴田殿には忠告を書いた書状を送ったのだが、まぁこればっかりは敵が仕掛けてくるタイミングや天候も関係してくるし、勝った負けたは乱世の常だ。

 気にしていても仕方がない。

 気持ちを切り替えよう。

 やはりというべきか、上杉は史実通り、雨の降る夜に襲撃をしてきた様だ。


「……だが越前丸岡か」


 それなら、史実程酷い状況では無い……と思う。

 ……ふむ。

 俺も仕事が一段落したし、今なら動ける状態だ。


「……柴田殿に丸岡城で持ち堪えてくれと伝えてくれ。それと、信長には俺が援軍に向かうと伝えておいてくれ。なるべく早急に」


「――はっ!!」


 忍が退出するのを見送り、俺も動き出す。

 さて、ここからが俺の仕事ってとこだな。

 えーっと、必要なのは……っと。




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