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幕間 桶狭間の戦い前夜 2

訂正を教えて頂いた方、この場を借りてお礼を申し上げます。


……いやー本当に自分の知識が浅いかを再確認。

勉強しとけばよかったと今更ながらに後悔してます。

この作品はそんな人間が書いています(笑)


※指摘を頂きまして修正。

元服するかしないか位の の文に加筆。

それぐらいの年齢ですよ、という意味で捉えて下さい。

 俺と惣五郎殿が酒を酌み交わし、互いにそろそろ寝ようかと思い始めた頃、廊下を歩く音が聞こえ、俺達が飲んでいる部屋の前で止まった。


「……父上」


 聞こえてきたのはまだ年若い少女の声。

 恐らく元服するかしないか位の年齢の少女の声だ。


「……柊か。今殿の客人と飲んでおる、何の用か」


「……明日、戦があると聞きました」


「……耳の早い」


 惣五郎殿は溜息を吐くと、さも仕方がない、と障子を開けた。

 そこにいたのは、気の強そうな凛とした雰囲気の美貌を持つ小柄な少女だった。

 惣五郎殿は俺の方を見、


「須藤殿、飲んでいる最中の急な来訪、申し訳御座いませぬ。……我が末の子、柊に御座います」


 そう言って少女―柊様に部屋の中に入るように言った。

 柊様は部屋に入って来ると、座り、深く腰を折って頭を下げた。


「古出惣五郎が一女、柊に御座います」


「これはこれは丁寧に……須藤直也と申します」


 まるで武士の様な立派な口上に、俺は少し驚きながらも挨拶を返した。

 惣五郎は娘である柊様を見やり、


「して、戦があるからとこの様な夜更けにくるとはどういった要件だ?」


 厳しいながらも優しさを滲ませた声で尋ねた。


「はい。……無礼を承知で申しますが、今川軍は総勢二万もの兵を擁する大軍、対して殿が率いる織田軍はどう集めたとて四千程度の寡勢。……殿は気でも触れたのですか?」


「――なっ!! なんて無礼なことを言うのだお前は!」


 柊様の直球な言葉に、惣五郎殿は声を荒げるが、俺は――


「――プッ!」


 思わず吹き出してしまった。


「……須藤殿?」


 訝し気な眼で惣五郎殿が俺を見る。


「あ、いや、申し訳御座いませぬ。……柊様は随分と織田の軍部に詳しいな、と思いまして」


「えぇ……柊は昔から利発な子で、兄二人の後を追いかける様にして武芸に軍略にと手を出し、女だてらにその才があったのか、兄二人より兵法書の暗記も早く、武芸も才があると剣の師に言われる程で……某と妻はこの娘が男であったなら、と。……最近は長屋に住まう家臣達と密に話をしているらしく、そう言った情報を何処かより仕入れてくるのですよ」


 ……へぇ、随分と英才教育をと言うか、この時代にしては自由な教育をと言うか……。

 言い訳する様に、少し恥ずかしそうにしながらも答える惣五郎殿の横で、柊様はジッと俺を見ていた。

 その眼を見て、俺はふと聞きたくなり、半分くらいは酔った勢いで柊様に問いかけた。


「では、柊様はこの戦負けると?」


「……兵力差が現状より少なければ、どうにかなると思いますが、今の兵力差では大軍に呑まれるだけでしょう」


 まぁ確かに事実だわな。


「あの……」


 そこで、惣五郎殿が口を開いた。

 俺と柊様は惣五郎殿の顔を見る。


「何ですかな?」


「須藤殿はこの戦、勝てると思っておいでなのですか?」


 惣五郎殿の疑問に、俺は首を縦に振る。


「はい。この戦、勝てます」


 俺の言葉に、親子二人は揃って眼を見開いて驚いたようだ。

 ま、この兵力差を見ても勝てると自信満々そうに言えば驚くだろう。

 主が言った手前、誰も反対出来なかったのだろうが、家臣全員が思っている事だろう。


「理由を窺っても?」


 疑わしそうな顔で見る惣五郎と、その横で眼を輝かせている柊様。

 どうやら惣五郎殿は今は柊様の事が眼に入っていないらしい。

 出て行かせることを忘れているようだ。

 ……さて、


「明日の評定で皆様に披露しようと思っておりましたが、まぁ、良いでしょう。……ゴホン、では先ず柊様、寡勢で多勢を打ち破るのに、最善手なのは何だと思います?」


 兵法書を読み、兵法を修めている柊様なら、答えられるだろうと考えて俺は尋ねる。

 俺の考え通り、柊様は間髪入れずに、


「……奇襲、ですか」


 と答えた。


「然り。……古今東西、大軍を打ち破るには敵の頭領を狙っての奇襲、それに限ります。先ず、明日には義元公は沓城より兵糧を入れた大高城へと移り、大高城に入っている松平勢、朝比奈勢は其々丸根砦、鷲津砦に攻め込み、これを攻略しましょう」


 二人が黙っているので、俺は自分で用意していた周辺の地図を取り出し、それを広げてから続ける。


「……お二方共、少々思い違いをしておる様ですが、そも敵方二万全てを相手にしようなどとは某も殿も思っておりません。……相手にするのは今川義元公が率いる本隊。その数五千」


「成程のぅ。……須藤殿の智謀、冴え渡っておりますな」


「……っ!!」


 二人がその意味を理解して驚きの表情を浮かべたのに対して俺はニヤリと笑みを返し、地図で沓掛と大高の両城の間にある山を指す。


「……戦場はここ――桶狭間山。そして今日、空の雲の流れ早く、遥か向こうには雨雲が掛かってきております。明日は恐らく雨となりましょう。……雨、そして山。そして奇襲にはもってこいだとは思いませんかな?」


 そう言って悪戯っぽく笑った。


 ……ま、ただ史実の真似をしてるだけなんだけどな。





「……須藤殿」


 説明を終え、さて今度こそ寝ようと部屋を辞そうとした直也に、柊が声を掛けた。


「はい。なんですかな?」


「……貴方の智謀に、私、感動しました。須藤殿は戦に出られるのでしょう?」


「はい、そうですね」


 柊が何を言いたいのか分からず、直也は首を傾げる。


「……必ず、生きて帰ってください。貴方から、私は多くの事を学びたい」


 つまり柊は遠回しに心配しているのだ。

 それを理解した直也は人の良さそうな笑みを浮かべ、


「ハハハ、某は臆病者故、前線には出ませぬよ。……命の危険あれば、一番に逃げ出します」


 それだけ言って、部屋を辞した。

 直也がいなくなった部屋に、父と娘が残る。


「……不思議な方だ」


 ポツリ、と呟いた惣五郎に、柊も同意する。


「……父上、あの方は浪人と言っておられましたが、あの思慮遠謀……私もそれなりに学を学んできましたが、まだ世は広いのですね」


「そうじゃのう。……殿の見る眼は確かなようだ。さて、柊。夜ももう遅い。お主も寝よ」


「はい父上。失礼致します」


 そう言って柊も部屋を辞した。

 自室へと歩を進める柊は、先程まで父と酒を酌み交わしていた浪人の事を思い浮かべる。


「須藤殿……か」


 何故か、柊の頭の中からあの飄々とした顔がついて離れなかった。




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