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だがしかし、たしかにたかしは

ふと目覚めると知らない部屋にいた。

ここは何処だと見渡し、やはり見覚えがないことに気付く。

ここは…。


ドンドンドン


扉をたたく音がした。


ガチャ


「たかし、ごはんよ」


ああ、ご飯か。

寝慣れてないベッドから当たり前のように起き上がる。


─ん?


いや、俺の名前はたかしじゃない。


どうやら異変が起きているようだった。

だがしかし俺の目の前には食事が置いてある。


当たり前のように用意されていたテーブルとイス、そこは俺の席のようだった。


「さあ、たかし、早く食べなさい」


俺はたかしじゃないが、ありがたくいただくことにした。


─うまい。


時計を見ると7時半だった。どうやら、今は朝で、朝ご飯を食べているらしい。

朝ご飯のメニューは、白米に大根の味噌汁、鰤の照り焼きにほうれん草の胡麻和えだった。

量もちょうどよく、すぐに完食した。


うーん、完食してしまった。

俺はたかしじゃないが、知らない人に出された食事を完食してしまった。果たしてこれでいいのだろうか。


─たかしかぁ。


ぬるいお茶を飲みながら、俺はたかしという名前について考えた。

たしかに、俺の名前はたかしじゃない。これは明確だ。だがしかしたかしという名前、記憶にないわけではない。いや、たかしなんてありふれてる名前だからかもしれない。


「ごちそうさま」


俺はとりあえずそう言ったが、完食してしまったこの後は一体どうすればいいのだろうか。

俺の席の横には、もう食べ終わっている食器がそのままになっていた。その向かい側では、俺に食事を用意してくれた女性が食事をとっている。


「たかし、遅れるわよ。はやく支度なさい」


どうやらたかしは何か時間に迫られているらしい。だが俺はたかしの事情なんて知らない。この人はおそらくたかし君の母親なんだろう。俺は今たかしとして生きているようなので、とりあえずこの場を乗り切るためにたかしに成りすますことを決意した。そう、強く胸に決意したのだ。


「母さん。俺は何に遅れるんだい?」


たかし君の母親(推測)は「は?」と言わんばかりの表情で俺にランドセルを渡してきた。


「もう、冗談はやめなさいたかし。お友達の真似?」


いや、冗談をやめてほしいのはこっちだ。ランドセルに興味はない。


「はやく学校に行かないと先生に怒られるわよたかし」

「なるほど、俺は小学生なのか」


そうか─たしかに、俺は小学生な気がしてきた。とりあえず学校へ行ってみなければわからないので支度をしようと洗面所に行く。


─いや、小学生ではない。


鏡を見ればランドセルを抱えた成人男性がそこには写っている。俺はやはりたかしでもなければ小学生でもない。

俺は息をのんだ。


─これは非常事態だ。

「母さん」


この母親はたかし君のことを忘れてしまったのか?そもそも、たかし君はどこなんだ?


「あらまだ準備終わってないじゃない。間に合うの?」

「母さん、俺は小学生なのになぜこんなに身体が大きいんだい?」

「あらあら。たしかにそうね。でもそれはたかしがよく食べるからよ。とてもいいことよ!」

「顔も老けているよ。小学生の顔じゃない」

「なんてこというのたかし。たかしはとてもかっこいいわ。お友達に何か言われたの?」

「母さん。俺の写真とかないの?」


この母親はきっと何かボケている。たかし君を思い出させよう。


「もう、そんな時間ないでしょう。早く着替えなさい」


今まで気にしてなかったが、俺は寝ていたにもかかわらずスーツを着ていた。俺が気付かなかったのはまあ良いとして(良くないが)、たかし君の母親はその異変に気付くべきだろう。まあこの母親は限りなく俺のことをたかしだと思っている。もう何を言っても無駄な気がしたので、言う事を聞くことにした。


そして俺はスーツを脱ぐ。スーツのジャケットの下の方が少し汚れていた。食べ物でもこぼしたのだろうか。洗っても落ちなかったようだ。

脱ぐと、スーツの胸ポケットに入っていたであろう手帳とボールペンが落ちた。

着替えた服のポケットにでも入れるか。そしてたかし君の母親が用意したであろうたかし君の着替えに手を伸ばしたかった…が──


非常事態である。(たしか2回目)


完全にサイズが合わない。たかし君の母親を疑う。俺はどうしたらいい。

汗が出てきた。現在下着しか着用していないから涼しいはずだが汗が出てきた。俺は今筋トレでもしているのだろうか?


服を着ることができない。どうする。どうするたかし。

俺は…

─そう、たかしではない!!


はっと思い出す。

たかしではない俺は、冷静に脱いだスーツをもう一度着た。間違いない。俺はまだ大丈夫だ。


着たスーツの胸ポケットにもう一度手帳とボールペンを入れる。

随分使い古した手帳だなぁ、と感じたが中身を見る余裕もなく俺はすぐにしまってしまった。


そしておそるおそるたかし君の母親のいる居間を覗き込む。

こうしてみると(誰も見ていないが)俺が完全に怪しい人物である。この家の設定上俺はたかしである限り怪しい人物ではないはずなのだが、生憎俺はたかしではないのでやはりこの状況は腑に落ちない。俺は何も悪いことをしていないのだ。そう、俺は悪いことを…していない。のに罪悪感を感じる。やはり腑に落ちない。


無言で家をでるのはあまりよくないのではないか。しかしスーツのままたかし君の母親に顔を合わせたら絶対にまた「はやく着替えなさいたかし」なんて言われるに決まっている。


しかたない…。


俺は、顔だけひょこっとだして


「母さん、準備したから行ってくるよ」


そういって、逃げるように外へ出た。



さて。ここからである。俺の旅が始まった。

学校に行けるのだろうか。そもそもこの姿で俺が小学校へ行ってもいいのか?

俺は無意識に背負っていたランドセルを、とっさにおろした。


─やらかした。


危なかった。こんな成人男性がランドセルを背負っていたら絶対に通報される。人に見られる前に気が付いて本当に良かった。やはり、俺はまだ正気だ。

とりあえず投げ捨てるわけにもいかないランドセルを抱えてその辺りをフラフラ歩いていた。すると、登校中と思われる小学生がチラホラ見つかった。とりあえず俺はその小学生と距離を開けて遠くからついて行った。

すると5分もしないうちに小学校についたのである。

俺はまず校門の前で立ち止まる。入るか…否か。

俺をたかしと認識している人物がたかし君の母親のみなのか、それとも否か…。


「あ、たかしくん?」


女の子の声がした。振り向くとたしかに女の子がいて、胸元の名札には「石井めいこ」と書いてあった。


「めいこちゃん」


俺はその名札の名前を呼んだ。


「びっくりしたー。来たんだね。一緒に教室いく?」

「うん」


どうやら、ほかのみんなにも俺はたかしと認識されているらしい。とりあえず、不審者呼ばわりはされなさそうなので、たかし君の母親のためにも登校することにした。


二人で教室にはいると、たくさんの子供がもうすでに集まっていた。

みんながめいこちゃんの近くに寄ってくる。


「おはようめいちゃん!」

「めいちゃん、たかしくんと来たの?」

「なんかね、居たの~。校門のまえで立ち止まってるから一緒に来てあげた」

「めいちゃんやさし~」


めいこちゃんは人気者だ。

一方、その人気者と一緒に登校してきた俺にはこれっぽっちも人が寄ってこない。


キーンコーンカーコーン


チャイムが鳴った。みんながガタガタ音を立てて席に座る。先生がやってくる。

俺は、それをただ何も考えずぼーっと見ていた。


「たかし君、座りなさい」

先生に言われて、はっとした。


─あれ?


「あれ、せんせー。たかし君自分の席ないですよ」

「本当ですね。たかし君、自分の机と椅子はどこにやったんですか?」


いや。知らないが。これはもしかして、もしかしてアレか?なんとなく俺は察した。

ふとめいこちゃんの方を見ると笑っていた。


なるほどなぁ。やはりコレはアレだ。そう確信した時。


その時、少し吐き気がした。


何故だろう。自分はたかしじゃないのに、ひどい吐き気に襲われる。

いや、俺はたかしじゃない。だからぐっとこらえて発言した。


「先生わかりますか?これはアレですよ。言わなくてもわかりますね?」

「何を言っているんですかたかし君、机と椅子を戻しなさい」

「こっちの台詞です。言っておきますが俺はたかし君では無っ…く…。」


また吐き気が襲う。


「具合も悪そうですね。保健室に行ってきなさい」

「先生。あなたそれでも教師ですか?たかし君が今どんな目にあっ…てっ…」


また吐き気。

心臓のようにドクドクと波打って襲ってくる。


一体何なんだ。


とりあえず、このクソッタレ教師はあとで説教するとして、本当に吐き気がひどかったのでおとなしく保健室で寝ることにした。


保健室に先生は居なかった。俺は黙ってベッドに横たわる。

おもむろに、胸ポケットから手帳とボールペンを取り出す。

そして偶然開いたページに、「山本たかし」と赤文字で書いてあり、さらに何重もの丸で囲んであった。山本っていうのか。その開いたページの日付は4月のページだった。なんだか汚れていた。ちょっと臭い。食べ物でもこぼしたのだろうか。


何故開いたかもわからない手帳を閉じる。


俺は、ひと眠りした。


起きると、夕暮れになっていた。小学生はとっくに帰ってる時間だった。

そしてまたあることに気付く。


─給食食ってねえ。


おそらくいじめられてるたかし君の給食などよけておいてはくれてないだろう。

仕方あるまい。俺はいまたかしだ。家に帰ればご飯が食べられるであろう。


だが、その前に。


教室に寄ることにした。


─たしか…こっちだったな。


そういえば、俺はたかし君ではないのに、保健室までスムーズに来れたし今も保健室から教室まで全く迷わずに歩いていることに気が付いた。


なぜ、わかるんだろう。


だがしかし、歩く距離は残念ながら短く考える時間などなかった。

教室には、おそらく誰もいないだろう。そう思っていた。


「…たかし君?」


いや、いた。

しかも、教師だ。クソッタレ教師だ。

俺は口を開こうとした。


が、やはり吐き気がドクドクと襲ってくる。どうしてだ。


「ごめんね、先生はもう帰るから。たかし君も帰りなさい」

逃げるようにそう言ってきた。

「逃げるな!」そう言いたかった。だが次は頭に痛みが襲ってきた。


なぜ吐き気や痛みが俺を襲ってくるのだ。

俺は何も悪くないじゃないか。悪くない…よな?


俺は悪くないのになぜ今たかし君としていじめられそれを見過ごす教師に注意しようとしてここまで苦しまなきゃいけないんだ?


いやそもそも何が悪くないんだ?なんでそんな悪くないことにこだわる?

もう吐き気の限界だ。教師を目の前にして俺は吐いてしまった。教師のスーツを汚した。デスクの上も汚した。


教師はさすがに目の前で吐いた生徒は放っておけなかったようで、家まで車で送ってくれた。


俺は車を降りて、初めて山本家の外見を見たはずなのだが、なぜか見覚えがあった。

だがそんなことは気にならず、俺は玄関へと足を運んだ。


帰ると、やはりたかし君の母親がご飯を用意して待っていてくれた。


「おかえり、たかし。今日は遅かったわね。お友達とあそんでたの?」

「いや、あなたのお子さんはいじめられてますよ。気づいてませんでしたか?」

「え?たかし?何言って…」


「ただいまー」

そこに、たかし君の父親と思われる人物が帰ってきた。


「あらあなた、今日ははやいわね、ちょっとたかしがおかしいのよ、あなたどうにか…」

「おいまたそんなこと言ってるのか、いい加減やめてくれ」

「なにいってるのあなた、たかしが変なこと言うのよ」


たかし君の父親は、テーブルの上を見た。


「お前…」


父親は、泣きだしてしまった。


「いつまで、たかしの分まで食事を用意してるんだ。いい加減にしろ!」


そういって、たかし君の分であろう食事の乗った食器をテーブルから持ち上げ。


母親ではなく。


俺と目を合わせ。


俺に投げつけた。





俺は、気絶した。











ふと目覚めると、たしかに良く知っている部屋にいた。

久しぶりによく眠れたかもしれない。気温が高いせいかすこし汗をかいてた。


だがしかし、やはり肩が重い。今日も行くとしよう。

洗面所に向かい、鏡に映る暗い顔をした自分を見ながら顔を洗い、歯を磨いて髪を整えた。


今は風邪も流行ってないし真夏だが、マスクをする。




俺は花屋に向かった。


この作品は、友人に冒頭だけ決められ、この続きを1時間で書けといわれ必死に3時間かけてかいたものです。1時間しか与えられないと思って書いたので展開に悩みましたが、凝った作品になったのではないかと思います。楽しんでいただけたら何よりです。

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