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無声

作者: ぱっく

 私がこの世に生を授かったのは今からかれこれ八年ほど前になりましょうか。

 暑さも寒さも感じず、痛みもありませんでした。たくさんの姉妹に囲まれ、たくさんのお母様とお父様に囲まれ、たくさんの電飾の下に産まれました。

 眩しいほどの光を数分間浴びたのちに、一人のお母様の手によってまた再び真っ暗な箱のなかに閉じ込められてしまいました。

 『怖い』という感情はありませんでした。この世に生を受けて私に意識が芽生えた時から、こうされることだという本能がありましたし、私の姉妹も同じさだめだということは最初から知っておりましたので。

 ですが、もちろん言葉は産まれてすぐわかるものではありません。お母様とお父様の元から離れご主人様のお宅へと赴き、そこで会得するものだからです。なので、私の姉妹には最期まで言葉を会得できるものが少なくない―ということもあるようです。

 さて、一人のお母様の手によって箱へ閉じ込められてしまった私は、周りの景色はわかりませんが、どうやら産まれた場所とは違う部屋の中へ運び込まれ、他の姉妹とともに箱に閉じ込められたまま無造作に置かれているようです。周りの姉妹たちもきっと同じ境遇なのでしょう。ですが産まれたての彼女たちも私同様に声一つだしません。出さないのではなく出せないのです。

 はい。それが私達、日本人形のあるべき姿なので。


 私が産まれて一週間ほどが経った頃でしょうか。無造作に置かれた部屋からまた運び出されました。

 他の姉妹と一緒にぎゅうぎゅう詰めにされ、車に載せられて数時間運ばれて行きました。このときはまだ車というものを知らなかったので、暗い箱に閉じ込められながら止まったり動いたりといった衝撃に、不安になったのを覚えております。

 運ばれた先で、私は二度目の光を目にしました。

 お母様ともお父様とも違う、初めてお目にする中年の女性に箱から大事そうにすーっと取り出され、同じ時間に産まれた姉妹たちと共に棚に飾られました。

 どうやらここで姉妹たちとともに自分の赴くことになる主人を待つようです。

 ですが、私がご主人様の手に渡るのはそう簡単ではありませんでした。あまりにも時が経ちすぎて、棚に飾られてから何日経ったか、何度アベさんと呼ばれている中年女性から頭を埃取りでぽんぽんとされたか、定かでなくなってきたころです。

 大人の女性と女の子が私のいる棚の前で立ち止まりました。女の子は私と目が合うと、私を抱きかかえ「この子がいい」と大人の女性に懇願しておりました。彼女らが、後の私のご主人様となるその人達だったのです、が。


 その日から私の生活は一変しました。

 私を買ってくれた家族は三人ぐらしの一家でした。私を選んでくれた女の子はヤマイミツコという名で、よく周りから「みっちゃん」と呼ばれており、七五三の三歳の祝いで私を選んでくれたようでした。ミツコの母はヤマイテルという名らしく、テルは「まま」とミツコから呼ばれております。ミツコの父はヤマイコウタという名で、「ぱぱ」と呼ばれております、です。

 私はヤマイ家ではリビングの写真や他のぬいぐるみが飾られている棚に一緒に飾られることになりました。正面には大きな画面にテレビがあり、家族の誰かがいる日はテレビの電源がついていたので、ミツコたちの会話以外にもそこから言葉を憶えることができました。

 ヨルは電気もテレビも消えてミツコやテルもコウタも違う部屋へ行ってしまいますが、産まれてすぐ暗い箱ノ中へ閉じ込められていた頃と比べると、今の私の境遇は天と地のさほどともいえるでしょう。

 ヤマイ家の家には時折タカコというテルの母親が出入りしておりました。タカコは私を初めてみたときから、私にだけ嫌な顔を向けておりました。

「ちょっとテル、なによあんなの買ってきちゃって」

「私もどうかと思ったのよ。でもみっちゃんがどうしてもこの子がいいって駄々をこねるもんだから」

「日本人形ってこんなに髪長いものかしら。なんだか目も細長くって気持ち悪いわ」

「その子だけちょっと作りが違かったのよね。私も、不細工だと思ってたしあんまり好きじゃないかも」

 どうやら私はほかの姉妹たちとくらべると多少作りが違うようなのです。テルに不気味だと思われていたのは少し意外でしたが、それでもミツコだけは私のことを「ちーちゃん」と呼んでかわいがってくれていました。

 ところが、そんな天ほどの生活も再び地へと戻る日は程なくしてやってきたのです。

 あれは私がヤマイ家に仕えるようになって二度目の夏の日です。ミツコが小学生になって初めての夏休みということもあり、キラキラした目で私を見つめ何を思ったのか、急にぎゅっと私を抱きしめて外へと駆けていったのです。テルが目を離した隙でした。

 ギラギラとした太陽が私とミツコを照らします。ミツコの汗が私に滴り落ちてきますが、不快な気持ちになることはありませんでした。

 それどころか初めて外の世界を体感することができて、人形故に表現することは叶いませんが私はこんなに興奮することはありませんでした。

「ちーちゃん!公園いこ!」

 はぁはぁと息をつぎ、汗をかきながら、意識があることを知ってか知らずか私にミツコは話しかけてきます。

 炎天下の中で五分ほど走った時でしょうか。母の目を盗んで外出したせいもあってかミツコは普段以上に力を入れて走っていたのでしょう。私を抱えながら勢いよく転びました。私を両手で抱えていたせいでしょうか。頭から地面のコンクリートへと思い切り突っ込み、前のめりに倒れ込みました。私はミツコの下敷きになってしまい、様子がよくわかりません。ただ灼熱の熱気とは違う、生暖かいものが私の顔に垂れてくるのだけはわかりました。ミツコは泣き声ひとつあげることもできずに倒れてうずくまったままです。

 私は人形なので、人に助けを求めにいくことなど当然できません。ただミツコの身に大変なことが起きていることは理解できるので、どうしましょうどうしましょうと内心で焦ることしかできませんでした。

 しばらくすると通りすがりの人がミツコを見つけてくれたようで、大丈夫かと声をかけてきました。そうこうしてるうちにミツコが家を飛び出したことに気づいたらしいテルが、倒れて血まみれになっているミツコと倒れたミツコの身を案じて声をかけてきた数人の集まりをみつけ、「ミッチャン!?」と叫び声をあげていました。

 間もなくして救急車が到着しました。私はミツコが搬送されている間に、タオルのようなものに身を包まれ、そして、あぁ、再び暗闇に閉ざされました。


 

 それからは、いままでに経験のないほどの長い時間閉じ込められていました。

 タオルのようなものに身を包まれて恐らく倉庫のような陽が入らない暗くてジメジメしたようなところに押し詰められ、誰一人の声も聞こえず、私一人でじっとしていました。暑い季節も寒い季節も何度も繰り返してきました。時折ガラガラと扉を開ける音が聞こえますが、すぐにピシャリと扉を閉められてしまいます。ヤマイ家の声もテレビの音もなにも聞こえません。あの日々はもう戻ってきません。ミツコがどうなったかも、なにも、わかりませんでした。

 そして、再び陽の光を見る日は唐突にやってきました。

 寒い季節になりはじめたころです、ガラガラガラと扉を開ける音が聞こえ、誰かがなにかゴソゴソと作業をしはじめたようです。ゴソゴソの音が私に近づいてきてふいに私の体が持ち上げられました。包まれているタオルを剥がされて、テルの母であるタカコと目が合いました。

「キャッ!」

 と悲鳴のような声をあげて私を放りなげました。

「なにこれ…血ついてるじゃない」

 そういって恐る恐る私を拾い、再び元通りにタオルに包んでどこかへと運ばれました。

「ちょっと!ねえ!テル。倉庫に血の付いた日本人形あったんだけどどうするのよこれ!」

「えっ?なにそれ」

 会話が聞こえてタオルを剥がされました。

 ミツコが倒れたあの日以来、長い間見ることもなかったテルと目が合いました。

「うわぁ。ほんとうだ…これ、昔ミツコが転んで頭打った時に抱えてた日本人形よ。てっきり捨てたかと思ってたけど、タオルにくるんで倉庫に入れっぱなしだったのね…」

「そうだったの…ミッチャンの額の傷の原因になった人形さんなんて不気味だわ」

「まさかまた飾るわけにもいかないし、明日の燃えるゴミの日に捨てちゃおうかしら」

「そうね、とりあえずタオルの上から新聞紙でも巻いておくといいわよ」

 そんな会話が聞こえて、グシャグシャとさらに新聞紙を巻かれました。長い間閉じ込められて、ようやく解放されたと思ったら今度は捨てられてしまうようです。最期とはこうあっけなく終わってしまう…そう感じました。

 そして今度は倉庫ではなく外に放置されているようでした。時々声が微かに聞こえてくるので、玄関を開けてすぐのところにでも置かれていたのカモしれません。

 外に放置されたその日の晩、車の音も生活の音もほとんどしなくなった頃のことでした。新聞紙にくるまれた私を何者かが拾い、今度は家の中へと運ばれました。そうして、新聞紙とタオルにくるまれた私を家のどこかにしまわれました。見ることはできませんが、感覚的に押入れのようなところだったと思います。「捨てる」といっていたはずなのに、なぜ私は再度、家のなかへと連れてこられたのでしょう。熱さに苦しむ今でもワカリマセン。

 むかし聞き慣れたテレビのおとがわずかにきこえます。朝になったようです。昨日のテルとタカコの会話から察するに私はこの日捨てられるはずでした。

 しかし、一向に私を取りにくる気配がありません。

 そしてテレビの音が消えて、会話もなくなりました。ミツコは学校に行き、コウタは仕事へ行ったのでしょう。一瞬あたりが静寂に包まれました。そして、スタスタと歩く音がこちらへやってきて、ズズ…と押し入れの襖を開ける音が聞こえ、誰かが私をくるんでいる新聞紙とタオルを剥がし始めました。

 目の前にいたのはテルでした。

 てっきり包まれたまま捨てられるのかと思った私は少し驚きました。ですがどんな姿であれ捨てられてしまうのには変わりありません。今度はどうされるのだろうと思っていると、テルは突拍子もないことをしだしました。

 なんと私を捨てるどころか、家の和室につれていきその部屋の隅のほうに私を置いたのです。この和室は普段は使われておらず、タカコが来た時や来客者が泊まるための部屋だったはずです。少し薄暗く、窓を開けないと空気の流れがあまりよくないようです。そんな部屋に、捨てられるハズだった私はなぜか置かれたのです。

 和室からでようとするテルと目が合いました。人形である私が言うのもおかしな話なのですが、このときのテルはまるで生きている人間のような生気がないように感じられました。というか目があってる今もデスガ。

 タオルに包まれていないので、昼夜の違いがわかるようになりました。和室に置かれてから三日ほど経っても誰も私の存在に気づいていません。テル以外は。捨てられるわけでも飾られるわけでもなく、私はどういう状況なのかサッパリ飲み込めません。どういうことなのか考えてるとふと和室の扉が開きました。廊下の電灯の光がスッと和室に射し込んできます。誰かが入ってきたようでした。カチカチと和室の電灯をつけ、私を覗き込んでる人物がいます。

テルの母親のタカコでした。

「えっ!なによこれ!」

 そういって和室から跳ねるように出ていきました。リビングのほうでなにか話し声が聞こえ、二人がこちらへやってきました。

 そうして、テルとタカコで和室に佇む私を覗き込んでいます。

「ねぇ、あんたこの人形捨てたんじゃなかったの?」

「もちろん捨てたわよ。お母さんが見つけた翌日、ちゃんと新聞紙にくるんで燃えるゴミと一緒にだしたはずよ。いやだ、なにこれ気持ち悪い…」

 テルはなにを言ってるのでしょう。捨てられるどころか、この和室まで運んできたのはテル本人だというのに。

「ねえお母さんやだ、もうほんと怖い。これ呪われてるんじゃないかしら…よくあるじゃない。人形の毛が伸びたりとか、捨てたはずなのにもどってくるとか…ほんとにあるなんて」

 泣きそうな声でテルはタカコに訴えていますが、私は捨てられてもいないし自分で動くことはできないのです。なぜ、テルはこんな事を言ッタノデショウ。

「ミッチャンが怪我したのもあの人形のせいじゃない?あれ、あんまり近づかないほうがいいわね。一度お祓いしてもらいましょ…知り合いの住職さんにすぐ連絡してみるから、ミッチャンにもこの和室に入らないように注意しておきなさい」

 タカコはそう言って泣きそうになってるテルの手を握り、和室をでていきました。

 どういうことでしょう、捨てずに私を和室へと運んできたのは間違いなくテルだったのに、なぜかテルは知らないと一点張りになり、挙句の果てには私を呪いの人形ということにしてしまったようです。ワタシハ…わたしは呪いの人形なんでしょうか。焼かれながらの今も考えています。


 それからすぐに寺の住職がやってきて、和室で私の前でお経のようなものを念じ、仰々しく私を白い布のようなもので包みました。

「これでこの和室の厄払いは済みました。あとこの人形は寺院にてお炊き上げをしながら祈祷して供養させますので、よかったらご家族の皆様もいらしてください」

 私は寺の住職の手によって運ばれ、寺の炊き上げ準備をされてるところへ連れて行かれました。


 結局捨てられて焼かれるか、供養されながら焼かれるかの違いだったわけですが、どちらにせよ私は納得のいかないことがあります。なぜテルは私を呪いの人形に仕立て上げたノデショウ。どれほど私は嫌われてイタノデショウ。ああぁ、熱い。ミツコともう一度遊びたかった。願わくば公園に連れて行ってホシカッタ。

 火を付けられ煙をいぶされながら、テルとタカコと目があいます。フタリとも恐ろしい目付きでこちらを見ています。

 私はナニヲしたんでしょう。

 呪いましたか。アナタタチヲ。

 ナニモして、ナイ。

 アツイデス。クルシイデス。ワタシ、ハ、ア

 僕は心霊現象というか、オカルト全般をあまり信じていません。

 きっと本当に怖いのは人間自身だと思っています。この作品でもちーちゃんと呼ばれる日本人形はなにも悪いことをせず、考えもせず、日本人形としてうまれた使命を果たそうとしているだけだったのですが、なぜか不気味と思われてしまい、最期はテルの狂った行動によって呪いの人形とされて焼かれてしまいます。

 いわゆる『呪いの~』なんて言われてるものの大半はこういうおかしい人間の行動が原因だったりして、当の呪われてるものなんてなんでもないことのほうが多いんじゃないでしょうか。

 きっと。

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