ガヌロンとソフィーア
「ここは…………どこだ??」
薄暗い部屋の一室で、ガヌロンは目を覚ました。
「私は…………そうか、ベルヘイム軍に戻る途中に疲れ果てて、眠ってしまっていたのか……………」
宿泊しした事も気付かないくらい、疲れていたのだろう…………ガヌロンはそう思いながら、洗面所で顔を洗おうと身体を起こす。
「………………ソフィー……………ソフィー…………なのか??」
綺麗な黒髪で…………ガヌロンの記憶そのままの容姿で、傍らのソファーに座っている女性……………
かつて死んだ筈のガヌロンの娘ソフィーアが、そこに居た。
「お父さん………ようやく、私の恨みが晴らせるのね…………私が愛し、私を裏切った男に…………」
可愛らしい容姿からは似つかわぬ言葉が、その口から放たれる。
「そんな事より、ソフィー…………何故お前はここにいる??夢にしてはリアリティがありすぎる…………」
ずっと会いたいと思っていた娘が、手の届く距離にいる…………しかし、俄には信じられない。
ガヌロンは、ソフィーアの夢はよく見る。
夢に出て来るソフィーアは、娘が死んで気力を失い、頭が回らなくなったガヌロンの窮地を幾度となく救ってきた。
それこそ、ガヌロンが天才軍師と呼ばれ、その名が全世界に広まったの
は、ソフィーアの夢を見るようになってからだ。
だがそれは、あくまで夢の中の話…………目が覚めた時に、現実の世界に居る筈がない。
いや……………まだ夢を見ているのか…………??
「お父さん……………しっかりして!!ランカストが、こちらに向かって来ている。今の私には、お父さんに頼るしかないの…………ランカストをコッチの世界に連れて来れるのは、お父さんしかいないの…………」
綺麗な瞳に見つめられ、ガヌロンは言葉に詰まる。
夢の中では感じない、熱量があった。
「もちろん…………ランカストが憎いのは、私も一緒だ………夢の中でも、その気持ちは伝えていただろ??だが、何故その姿で…………今ここに居る??」
「お父さん…………私は、お父さんの夢の中でしか生きられない。お父さんの目に、私が現実の世界に居るって感じられるなら…………それは私たちの悲願が近いから…………お父さんの意識が、そうさせてるのかもしれないね………」
ソフィーアはそう言うと、ガヌロンの手をそっと握る。
「そうか…………こうして手を握っていると、その温もりまで感じているみたいだ…………」
「お父さん………私ね、本当はランカストが助けた、あの女が嫌い。私が死んだ後も、ランカストの後ろを付いてまわって…………私が妻になって…………ランカストを助けるのは、私の役目だった筈なのに………」
そう言うソフィーアの肩は、震えていた。
その小さな肩を優しく包み込むように抱きながら、ガヌロンはソフィーアの頭を撫でる。
「勿論そうだ。今回も近衛の仕事を放り出して、ランカストの元に来たぐらいだからな…………今回も付いて来ているに違いない。ランカストと共に葬り去ってやろうか…………」
「コッチの世界に来てまで、ランカストをあの女と奪い合うのは嫌………あの女は生かしておいて…………苦しみを与えて…………そして、生き地獄のように辛い人生を送らせるの…………」
ソフィーアは、そんな事を言う娘では無かった…………だが、優しい娘がそこまで言う程、ランカストの事が好きだったのだろう…………ガヌロンは憎しみを更に燃え上がらせた。
「分かったよソフィー…………私に全て任せておけ…………」
「そうね…………お父さんは、私の期待を裏切った事は無いもの…………今は、もう少しだけ休んで…………」
娘の…………ソフィーアを抱きながら、ガヌロンは再び眠りに落ちた…………
「ロキ様、お疲れ様でした」
ロンスヴォの城に戻ったロキは、ビューレイストの目には少し疲れているように見えた。
「昔は、女性への変わり身もよくやっていたのだがな……………最近は、ガヌロンの娘にしか女性になる機会がないから、少し疲れる。トールと遊び回ってた頃は、よく変わり身して悪戯していたモノだが…………」
一息つくと、ロキは視線を城外に移す。
「ランカストは部隊を率いて、こちらに向かっていると報告が入ってます。親子2役を演じきる…………役者になれますね」
ビューレイストの冗談にロキは笑って返すと、すぐに真剣な眼差しになる。
「優秀な者を殺すのは、やはり気が重くなるな……………仕方ない事だが…………」
ロキの視線の先………まだ見えないが、ランカストが部隊を率いてロンスヴォに向かって来ていた…………




