ソフィーアの涙1
「ここを抜かれたら、レンヴァル村にヨトゥン兵が雪崩込んでしまうぞ!!なんとか踏ん張れ!!」
ガヌロンは必死に騎士団を指揮しながら、前線を維持している。
ソフィーアに彼氏を紹介してもらう日、ヨトゥン兵がベルヘイム領内に攻め込んで来たとの報が入った。
レンヴァル村駐屯騎士団の指揮を任されていたガヌロンは、早々に戦場へと駆り出されてしまう。
娘との約束を果たしたかったが、レンヴァル村が落とされたら元も子もない。
幸い、ヨトゥン軍の主力はクロウ・クルハッハの部隊であり、アルスター国への攻撃に兵力を割いていた。
その動きに合わせたように進軍してきたロキの部隊は、数は少ない…………その分、強者が多く、数で有利なガヌロン率いる騎士団は苦戦を強いられている。
それでも、刻々と変わる戦況に合わせて騎士を動かすガヌロンの戦術は、ロキ軍の進軍を抑えていた。
いや…………状況が変わる度に、細かく的確に指示を出すガヌロンの戦術に、ロキ軍は押され始めていく。
「このまま、前線を押し上げるぞ!!村からヨトゥン兵を遠ざけろ!!」
若きガヌロンは大声で騎士を盛り上げ、レンヴァル村を守る為に奮闘する。
(このまま、一気に押し返す。そうすれば、夜にはソフィーとゆっくりディナーだ…………)
そんな事を考える余裕が出来た、その時…………伝令の馬がガヌロンの前に飛び込んできた。
「ガヌロン様!!ロキ軍の将、ユトムンダスが率いる部隊がレンヴァル村に入り込んで暴れているそうです!!兵数は10程度らしいのですが…………」
「何??今回、前線に出ていたのはビューレイストの部隊だった…………確かにユトムンダスは戦場で見なかったが…………」
そこで言葉を切ったガヌロンは、頭の中で考え始める。
(ユトムンダスの部隊が、少数で村を襲う??戦術的に見ても、意味が分からん。我々が今から全軍で引き返せば、村を制圧されたとしても数分でユトムンダスの部隊を追い払う事が出来るだろう…………後退する我が部隊を背後から襲うにしても…………敵の進軍を遅らせる策を2、3作っとけば事足りる。普通に部隊を動かせば、こちらに動きを察知されるから、少数精鋭で動いたのだろうが…………少数で村を攻める理由が見当たらん!!)
敵の策を尽く見破る智才溢れるガヌロンが、戦術を見破れなかったのは、その策が全く意味不明だったからだ。
敵の追撃に備えながら、ゆっくり後退すれば、騎士団の損害を出さずに村まで戻れるだろう…………しかし、娘が村にいるガヌロンは、急いで後退する必要がある。
(まさか、私の娘が村に居る情報をロキが持っていた……………??いや、まさかな…………)
ガヌロンの率いるレンヴァル村の駐屯騎士団は、規模は少ないが、それでも1000は超える部隊だ。
ユトムンダスがいかに優れた将でも、戦力的に負ける要素が無い。
「腕に覚えのある騎士は、100名程でいい、私に付いて来い!!村を救いに行くぞ!!残りはアデリア将軍の指揮下に入り、その指示の下に戦線を維持しつつ後退しろ!!」
青ざめた顔でガヌロンは叫ぶと、部隊が整う前に馬に飛び乗り、レンヴァル村に向けて走らせ始めた。
娘の無事を祈りながら、信じられないスピードで走らせる馬の振動に耐えつづける。
後から付いてくる100名の騎士の前を、普段は守られる筈の軍師が行く。
レンヴァル村が近づくにつれ、空が赤く染まっていき、人々の叫び声が大きくなる。
(速く………………もっと速くだ!!)
馬に鞭を入れ、ガヌロンが感じた事のない風切り音の中、レンヴァル村に飛び込んだ。
「ガヌロン様!!危ない!!」
不用意に飛び込んだガヌロンの馬を目掛けて、レンヴァル村を襲っているヨトゥン兵が槍を突き出す……………が、ガヌロンのすぐ後方を走っていた騎士が、その槍を間一髪弾く。
しかし、その反動でガヌロンは馬から落ちてしまった。
地面に落とされたガヌロンが見上げた……………その視線の先…………
1人の見習い騎士がバスタード・ソードを構え、その先に対峙しているヨトゥン兵の姿が映る。
そのヨトゥン兵……………ユトムンダスは、右手に神剣デュランダルを携え、左手では少女を羽交い締めにしていた。
その少女が自分の娘、ソフィーアではない事を確認したガヌロンは、全身に感じる痛みを忘れて安堵の溜息をつく。
「ちっ、もう駐屯騎士団が戻ってきやがったか…………ビューレイストは何やってんだ??まぁ、それだけ人間の指揮官の采配が優秀だったって事にしといてやる。数は……………そんなにいねぇな……………おい、そいつらは、そこで食い止めろ!!」
ユトムンダスの大声に、散らばっていたヨトゥン兵が集まって来る。
そして…………10名程度のヨトゥン兵が駐屯騎士団とはいえ、正規のベルヘイム騎士を手玉に取り始めた。
精鋭揃いのロキ軍であって、その中から更に選ばれた兵…………弱い筈がない。
ガヌロンの目の前で、引き連れて来た騎士達が次々と倒されていく。
その様子を見たユトムンダスは、微かな笑みを浮かべて見習い騎士にデュランダルの剣先を向ける。
「さて…………一騎打ちを再開しようか。片手で戦ってやってるんだ。もう少し楽しませろ!!」
右手のみで、その巨大な両刃の剣……………デュランダルを振り上げると、ユトムンダスは見習い騎士…………ランカストに対して振り下ろした!!




