重ならない記憶
ガイエンと始めて戦った時、ティアは夫と子供を殺され、自らも傷付けられた。
航太はその事を思い出し、ムスペルの騎士の相手をしつつ、ティアの表情を確認する。
案の定、ガイエンが迫ってくると【ヘルギ】の力に触れた訳でもないのに、ティアは恐怖で顔が引き攣り、体は震えていた。
「ティア!!離れろ!!」
ムスペルの騎士を相手に視線をそらしながら戦うのは至難の業であったが、航太は心配で…………とにかくティアの事が気掛かりで思わず叫ぶ。
「ティア…………だと??」
ガイエンはエリサを斬ろうと振り上げた【ヘルギ】を止めて、ティアを見つめる。
その首元に光る、赤い何かにガイエンの目は釘付けになった。
「おい…………その赤いペンダントは…………オレがエストに渡した物と同じじゃないのか…………お前……………エストの妹の…………あのティアか??」
【ヘルギ】から放たれる赤い輝きは失われ、思わずティアにすり寄って行くガイエンに、もはや戦闘の騒音も耳に入らない。
自分が殺した幼馴染みの、その妹…………幼き少女が、あの惨状の村で生き延びていると、ガイエンは思っていなかった。
その衝撃と、以前母に貰い、その幼馴染みにプレゼントした赤いペンダントの輝きが、ガイエンの記憶を呼び戻していく。
しかし、ティアにとっては恐怖でしかない…………【ヘルギ】から恐怖の輝きが失われていても、その心は恐怖で満たされている。
「いや………………何??何なの??」
剣を向けられる恐怖とは別の恐怖…………ティアはその場に固まり、目に涙を浮かべ首を振る事しか出来ない。
「いや……………確かに面影がある。お前、ティア……………ティア・ファンライトだろ!!」
「きゃあっ!!」
ティアの首元にあるペンダントを無理矢理引っ張ると、ガイエンはその赤い輝きを瞳に入れる。
「やはり…………エストに渡したペンダント…………オレが人を捨てた時に、一緒に捨てた物か…………」
思い出すように呟くと、ガイエンはペンダントを手放し【ヘルギ】を構えた。
恐らく以前ティアを斬った時は、記憶の奥底に眠る人としての意識が手心を加えたのかもしれない。
「オレは……………人を捨てた身だ。貴様がエストの妹の‥………ティアだとしても、もはや躊躇はない…………ここで…………斬り捨てる!!」
ガイエンは自分に言い聞かすように、【ヘルギ】の持つ手に力を込める。
「馬鹿野郎!!自分の好きだった人の妹に出会えた…………再会出来たんだろ?やり直すチャンスじゃないか!!どうして…………どうして殺す事だけを考える!!」
ガイエンの過去を知っている航太も、ティアがエストの妹だと確信した。
なんとか、ガイエンとティアの間に割って入りたい…………そんな思いが航太の攻撃を雑にし、逆に冷静なムスペルの騎士の正確無比な斬撃に苦戦を強いられる。
記憶を辿っていくガイエンとは違い、ティアは度重なる悲劇に記憶が混濁し、ガイエンの記憶は思い出せない。
自分の記憶に無い、幼少時代の記憶を知っている人間がいる…………そして、その人間に剣を突き付けられている…………
「いや…………知らない……………知らない………………」
自分の過去を知っている…………そして、夫と子供を殺した男に‥‥‥ティアは訳が分からなくなっていた………




