決別…………それぞれの思い
その後の捜索でも智美は見つからず、ベルヘイム軍は進軍を開始した。
航太達は、各々で智美との訣別を消化するしかなかった。
ベルヘイム軍が進軍を開始する直前、ゼークはホワイト・ティアラ隊のベッドの上で目が覚めた。
智美が見つからなかったと報告を受けたゼークの取り乱し方は尋常ではなく、智美がいなくなった事を今だ信じられない航太達も、止めに入らなければいけないぐらいだった。
それを止めたのは、一真の一言だった。
「智美は、まだ死んだか生きてるか分からない。でも、戦場では沢山の人が死んだ。遺体すら探してもらえない人が殆どだ。それに比べたら…………」
一真は機械的に喋り、感情を表に出さないように努めた。
その姿が、あまりに冷静に見え、一真だけが智美の死を受け入れているかのように見える。
ゼークはその言葉と態度に驚いた顔をして、軽蔑するような眼差しで一真を見た。
一真の言った事は理解出来たが、ゼークの表情が皆の気持ちを代弁している。
航太も絵美も、周りに他の兵士がいなければ一真に殴りかかっていたかもしれない………
確かに、先の戦闘で友人や家族を亡くした兵士は多くいただろう。
殆どの兵士は、一真の言葉に賛同している事が一目で分かる。
だが…………………
ゼークはまだ治療が必要なので、ホワイト・ティアラ隊に残し、絵美と航太はホワイト・ティアラ隊から離れた。
「なんか、カズちゃん変わっちゃったね………」
離れていくホワイト・ティアラ隊を見送りながら、絵美が寂しそうな顔をする。
「まったくだ………何もあんな事言わなくても………探してもらえただけ良かったって聞こえたぜ!!」
航太も、苛立ちを隠せなかった。
一真の言った事は正論過ぎて返す言葉も見当たらなく、それが航太の苛立ちを増長させている。
兵士の中には、ただでさえMyth Knightという事だけで、参入したばかりで軍の幹部クラスに取り立てられた事を面白くないと感じてる者も多くいるのも事実だ。
その上、今回の捜索である。
自分達の家族や仲間が死んでも、捜索すらしてもらえない兵の不満も膨れ上がっていた。
そんな状態で一真の言った事に否定的な態度をとれば、もの凄いバッシングに合うのは目に見えている。
だが…………航太と絵美はベルヘイム軍を助ける為に、いわばボランティアのように無償で戦っているに過ぎない。
軍の上層部は当然その事を理解している為、智美の為に捜索隊をも出しているが、その事を兵士全てに理解させるのは難しい。
「もう、元の世界に帰っちまうか………」
航太は誰に言うわけでも無く、真っ青な空に向かって呟いた。
「そうだねー。智ちゃん救出したら、カズちゃんだけ残して帰っちゃおっか………」
絵美も馬に揺られながら、魂の抜けたような声で呟く。
こんな思いをするなら元の世界で勉強している方がマシと、2人とも本気で考えていた。
一方の一真は、兵を治療しながら、仲間の死や別れの話を実際に聞き、その想いが言葉や態度にでてしまっていた。
もちろん、智美を心配する気持ちは航太達とは変わらないし、寧ろ今すぐに………敵陣に切り込む事になっても助けに行きたい。
そう思っても、自分の役割を全うする事………航太達の立場を守る事を考えると、あのような言葉にどうしてもなってしまう。
しかし、そんな一真の想いは伝わる訳もなく、やはり航太や絵美からすれば不満が募ってしまう。
一真の願いで神話の世界に来て、一真の願いを必死に叶えようとした智美がいなくなったのに、他の兵を庇うような一真の発言が、航太には許せなかった。
「あいつ、戦場に出てないから、色々な事が分かってないんだ…………智美もゼークも、どんな思いで戦っていたか………」
航太がフェルグスやスリヴァルディとの戦いを思い出し、唇を噛み締める。
「なんか、今はカズちゃんと話したくないなぁ~」
絵美は溜息をつくと、自分の頬を2回程叩いた。
「おし、ネガティブタイム終了!!とりあえず智ちゃん見つけないとだし、元の世界に戻る事を考えるのは、それから、それからっ!!」
突然元気な声を上げた絵美を横目に、航太も気持ちを奮い立たす。
(絵美の言う通り、まずは智美を探さなきゃな………遺体も出てきてないんだ。オレ達が信じなくてどーすんだ!!)
航太も前を向いて歩く決心をして、気合いを入れ直した。
ホワイト・ティアラ隊にあるベッドに横になりながら、ゼークは考えていた………
「ゼーク、入るわよ。回復の魔法も少しかけるから」
看護隊長のネイアが林檎の入った篭を手に持って入ってきて、ゼークの寝ている横に腰をかけた。
「ネイアさん………私、一真の事が嫌いになりそう………皆、関係ない私達の為に必死で戦ってくれて………だから、私達が智美を捜索するのは当たり前の事なのに………あんな言い方……」
林檎の皮を剥きながらゼークの話を聞いていたネイアは、優しい表情を浮かべて頷く。
「そうね。一真はホワイト・ティアラ隊で傷ついた兵士達の話をよく聞いてるから、兵達に感情移入しちゃうのかもね。でも、航太達の事を理解していない兵が殆どだから、その辺も考えてるんじゃないかな……」
切り終わった一切れの林檎をゼークに渡し、ネイアは林檎の香が充満し始めた空気を強く吸った。
「将軍も、何か考えがあると思うんだけど………一真に関しては放置なのよね………今度、話でもしてみようかしら………」
「えっネイアさん、アルパスター将軍と上手くいってないんですか?」
ゼークの言葉に、口に含んでた林檎を吹き出しそうになったネイアが慌てて手を振る。
「ちょっと!!急に何言ってるの!!最近戦闘続きで、あまり喋れてないだけよ。距離が出来たとか、そんな事は全然……」
そんなネイアの態度に、ゼークに少し笑顔が戻った。
「ありがとう、ネイアさん!!少し気分が良くなった!!早く治して、私も戦線に復帰しなきゃ!!」
林檎の香が漂う部屋の空気を肺一杯に吸い込み、ゼークは落ち着いた気分になった。
その頃、体制を立て直したガイエン軍が後方から、前方からはスリヴァルディの軍が迫っていた……




