アデストリアの乱
【アデストリアの乱】
町全体が、アルスター国に反旗を翻したのである。
人間が自らの意思でヨトゥン側に付いた、最初の事件であった。
この乱の鎮静にあたったのが、フィアナ騎士の一員、アルパスターである。
国民を守ろうとするフェルグス。
国を守ろうとするアルパスター。
2人の騎士が、国境の町、アデストリアで対峙する事になる。
どちらの答えが正しいのか……
若い2人の騎士だけでは、答えが出せる問題ではなかった。
そして、幼いゼークには、憧れの騎士がよもや反乱に力を貸すとは、夢にも思わなかった……
「フェルグス!!何故反乱に手を貸す!!こんな事をしていてはヨトゥン軍には勝てないぞ!!」
アルパスターは大声で叫んだ。
「アルパスター……お前は真っ直ぐな心を持っているが、真っ直ぐすぎる…」
フェルグスはアルパスターに言うと、民衆の方に戻ろうとする。
「待て!真っ直ぐで何が悪い!!今は民衆も辛いが、全ての国がヨトゥンとの戦いに全力を尽くさなきゃいけない時だ!!それなのに反乱に手を貸すなんて……」
アルパスターは、なおも叫び続ける。
「では何故戦争をしている?ヨトゥンが攻めてくるからか?それも正しい。しかし、民衆にとって大事なのは生活の安定だ。それが守られないなら、民衆にとっては人間に支配されようが、ヨトゥンに支配されようが関係ない」
フェルグスは言うと【カラドボルグ】を抜いた……ように見えた。
しかし、持っていたのは【カラドボルグ】の鞘だけだった。
「オレは、フィアナ騎士の皆も、アルスター国の民も傷つけたくない。アルパスター…当然お前も傷つけたくないんだ」
そう言うと、フェルグスは【カラドボルグ】の鞘を腰に付けた。
「この町の3000人の民をロキ軍に連れてくだけだ。それでこの暴動を止めるから、任せてくれないか……」
フェルグスに諭され、アルパスターは何も言えなくなってしまった……
「お前は……どうするんだ??」
アルパスターは絞り出すように、やっとの思いで声を出した。
「ロキ軍に入る事になるだろうな……だが、それで3000の民を守れれば言う事はない。それに父には、もう付いていけない……」
フェルグスはそう言うと、再び民衆の方に歩き出す。
「お前とは戦場で会いたくないな……」
歩きながら、フェルグスはアルパスターに最後の言葉を伝えた。
アルパスターは何も言えず、自らの神槍【ブリューナク】を見た。
(あいつは【カラドボルグ】を持ってなかった……なのにオレは、戦うつもりだったのか??)
アルパスターは自問自答するが、その時の自分の気持ちは結局分からなかった……
フェルグスは反乱軍を説得した後、反乱軍に参加していた3000人を引き連れて、ヨトゥン軍に下っていった。
アデストリアの乱の数日後、ゼークはアルスター国へ来ていた。
ゼークは幼なかった為、反乱の経緯を詳しく教えていなかった。
父親が王の護衛の為、王に付き添っていたため、ゼークは暇を持て余して中庭に出た。
中庭の中央には、アルパスターが下を向いて立っていた。
その顔から、悲しみ……寂しさ……辛さ……
色々な負の感情を醸し出していたため、ゼークは話かけるのを躊躇った。
しかし、ゼークが中庭に入った気配を感じたのだろう。
アルパスターが、ゼークの方を向いた。
「お嬢ちゃんか……どうした??」
アルパスターは、声にも覇気がない。
「どうしたのって……こっちが聞きたいわ!!一体どうしたの??」
幼いながらもゼークは、只ならぬ事があったんだと感じた。
「フェルグスが敵になっちまったんだ……お嬢ちゃんは、敵になってもフェルグスを大切な人だと思えるか??」
本来は、子供に聞く内容ではない。
アルパスターはフェルグスや民衆を倒そうとして【ブリューナク】を持っていった。
しかし、フェルグスは【カラドボルグ】の鞘しか持っていなかった……
そんな状況でも、自分との約束を果たしたのだ。
アルパスターは自分が正しいか、フェルグスが正しいか分からなくなっていた。
民を守る??
国を守る??
そして、フェルグスは、アルスター国の何一つ傷つけず去っていった。
自分は何をした?
アルパスターは、何かに縋りたかった。
それがゼークに問うように、口から出てしまった。
「フェルグスが敵に??ヨトゥンの兵になっちゃったの??なんで??」
ゼークも頭が真っ白になった。
ゼークは、ベルヘイムの近衛騎士の家系である。
このままいけば、いずれフェルグスと戦わなければならない。
2人はその後、何も話せなくなり、無言のまま別れた……。




