人として戦う事
「一真! 大丈夫か?」
「航兄、どうしてここに? それにミーちゃんも……バロールの魔眼との戦いは、普通の人間では危険過ぎるのに……」
背後から声をかけられた一真は、その懐かしい声に驚きを隠せないでいた。
それと同時に、今の今までバロールと戦っていた部屋に航太達が入って来た事に、危険を顧みずに来てくれた事への嬉しさと、ほんの少しの呆れた感情が一真の心を支配する。
「だからぁー、カズちゃんの足手まといだとは言ったケド、力不足だとは思ってないって言ったでしょ? ガイエンに代わって扉を守ってたのは、私達なんだから!」
ガイエンが援護に来てくれた時、扉の外のヨトゥン兵は全部倒して来たのかと思っていた一真だったが、確かに1人で全滅させれる数ではない。
絵美の言葉に、一真は1人でバロールと戦おうとしていた自分が……1人で戦っていると思い込んでいた自分が恥ずかしくなった。
「それで……智美の姿が見えないけど……まさか、まだ扉の外で?」
智美の姿が見えない事に気付いた一真は、ガイエンの亡き骸を優しく床に下ろすと、力強く立ち上がる。
「バルドル様、ご自身のお身体を大切にして下さい! 鳳凰天身まで使ったのです……少し休まなければ……必要であれば、私が代わりに戦って参ります」
「って……おいおい……モデルとか芸能人ってレベルじゃねーぞ……とんでもない美人なんだが……」
一真に声をかけた金髪の美女……フレイヤの美しさに、航太は見惚れてしまう。
「貴方……バルドル様に気軽に声をかけて……何者なのです?」
一真に寄り添うように支えるフレイヤは、好奇の眼差しで見てくる航太を睨みつける。
「あ……いや、オレは怪しい者ではなく……そいつの義理の兄貴で……」
「そいつ? 義理の兄だか何だか知らないが、随分と無礼な男だな! バルドル様は、世界を救いし光の神……その身が人間になったとは言え、その御心と力は神をも超える! ただの人間如きに、そいつ呼ばわりされる筋合いは無い!」
フレイヤの気迫に尻込む航太を呆れた顔で眺めていた絵美は、助け舟を出すように一真に視線で指示を送った。
「フレイヤさん……航兄は、ああ見えて頼りになる兄で……今までも散々助けてもらっているんです。もう、そのぐらいで……」
「はっ……バルドル様が、そう仰るならば……」
航太を睨みながらも、フレイヤは一真の言葉に従う。
「それより、智美を助けに行かないと……水の力は、戦闘向きじゃない! 一般兵でも、数が多ければ脅威だ」
「その件だけど……大丈夫だと思うよー。ゼークとテューネも来てくれてる。私達も、それなりに強くなってるしね」
絵美の言葉に、一真は安堵の表情をしながら溜息をつく。
「ゼークもテューネも……無茶し過ぎだよ……オレが単身で乗り込もうと思ったのは、皆を守りたかったからなのに……」
「そうでしょ? だから、だよ! 私達もゼーク達も、カズちゃんと一緒! 私達だって、カズちゃんを助けたいんだよ!」
絵美の言葉は、涙が零れ落ちそうになる程、一真は嬉しかった。
「フレイヤさん……ガイエンも、航兄達も凄いでしょ? 人は、神やヨトゥンと比べたら弱いかもしれない。でも……だからこそ、助け合える。自分達が傷つく事を恐れずに、大切な人達の為に危険な場所に飛び込める……フレイヤさんが守りたかった、7国の騎士達と同じでしょ?」
「バルドル様……」
一真の言葉に、フレイヤの厳しかった表情が優しいものへと変化していく。
「あ……そうだ、一真! バロールが倒れた後、青い光がバロールから一真の背中に飛んでいったんだ。一真に触れて消えたように見えたんだが……身体は大丈夫か?」
「バロールから青い光? 気がつかなかったけど……身体は何ともなさそうだよ」
自分の身体を動かしながら、一真は航太に答える。
「ガイエン……やっぱり……間に合わニャかった……」
床に横たわっているガイエンと、その傍らで泣き続けるルナの横で、アクアが呟いた。
アクアの呟きで、全員の視線がガイエンに注がれる。
「ガイエンはオレとルナを守る為に、命懸けで飛び出してバロールの隙を作ってくれた……オレとルナの命を、ガイエンが救ってくれたんだ……」
「結局、決着もつけられなかった……殺しても死なない奴だと思ってたのに、死ぬ時はアッサリ死にやがって……」
ガイエンの一生を考えると、航太は心が痛んだ。
多くの人を殺した事は、許される事ではないかもしれない。
しかし子供の頃に両親を殺されて、ヨトゥンに騙されて、過ちに気付いて償おうと思った時に命を失った……
自分が同じ境遇だったら、どうだっただろうか……
航太はガイエンの亡き骸を背負うと、コナハト城の外へと歩き始めた……




