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雫物語~Myth of The Wind~  作者: クロプリ
コナハト攻城戦
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赤い疾風

 

「バルドル様っ! 貴様……どこまでも卑劣な真似を……」


「フレイヤ……言葉使いが悪いのぅ……女神として、もう少し自覚を持った方がよいぞ」


 睨むフレイヤを横目に見たバロールは、下卑た笑みを浮かべる。


 その右手に頭を掴まれたルナは、心臓を貫かれた一真を見る事が出来ずに、ただ泣きじゃくれていた。


「しかし、煩いガキじゃのぅ……凰の目の男は殺せた事だし、そろそろ儂の奴隷にしてやろうかのぅ……そこに転がってる男の事など、気にせんようにしてやるぞ……感謝する事じゃな」


 バロールが気を緩めた、正にその時……


 フレイヤの影に隠れていた男が、素早く動き出す。


 地面を力一杯蹴ると、バロールに向けて加速する。


「このゲス野郎……汚い手を使いやがって! 死んで、あの世で一真に詫びいれて来い!」


 赤い疾風……朱の鎧に紅く輝くヘルギの光がガイエンの身体を染め、疾駆の如く駆け抜ける!


「な……ガイエンだとっ! 皇の目を使ったフレイヤ相手に、生き残っていたのかっ!」


 バロールは、ガイエンの力を侮っていた……ガイエンの力は、よく知っている……皇の目を使ったフレイヤ相手に、数分も戦える筈がない。


 ガイエンがヨトゥンの力だけで戦っていれば、バロールの予想通りになっていただろう……しかし赤枝の力とヘルギの秘められた力が、バロールの予測を超えた。


 そして、バロールの隙を付けたのだ。


 が……見るだけで人を殺せる魔眼の力は、素早く動いていたガイエンの動きですら、尽く視界に捉える。


「ガイエン、急激な成長には恐れ入ったが……もっと間合いを詰めてから動き出すべきじゃったな! ん? 動かん!」


「ぐふぅ!」


 魔眼が青く輝き、ガイエンは心臓が握り潰されたような感覚を受け、ブレーキをかけたかの様に急激にスピードを失い地面を転がった。


「がはぁぁぁ!」


 しかし、ガイエンが地面を転がると同時にバロールの悲鳴も響く。


 ルナを掴んでいた右腕が、腋の下から振り上げられたクレイモアによって斬り裂かれていた。


 ガイエンが動き出すと同時に、フレイヤの背中から水の翼が生えたのは確認出来ていた……魔眼でガイエンを殺し、魔眼の効かないフレイヤにはクレイモアで充分対応出来る筈……


 魔眼が1つになったとは言え、バロールには簡単なミッションである。


 が……一真の心臓を貫いたクレイモアが、微動だにしない。


 動かないどころか、ヨトゥンの中でも力のあるバロールが引っ張られる程の力がクレイモアには加わっていた。


 その為、フレイヤに対する反応が遅れてしまう。


 その結果、右腕とルナを失ってしまった。


「くそっ 何が起こった?」


「あら、随分と余裕の無い言葉使いですのね。ヨトゥンの将軍として、もっと余裕を持っていた方が宜しいんではないでしょうか? 妻からの忠告ですわ」


 バロールに言い返したフレイヤの表情は、その余裕のある言葉とは裏腹に怒りに満ちている。


 そしてバロールのクレイモアを握ったまま立ち上がった男も、赤い瞳に怒りを燈していた。


「ガイエン……オレが躊躇いさえしなければ……済まない……」


 クレイモアを自らの身体から引き抜くと、その手を離す……倒れているガイエンを一瞬だけ見た赤い瞳の男は、右腕を失ったバロールを睨む。


「心臓を貫いたのに……死んでない……だと! 凰の目を持っていても、不死身の訳がないっ! 貴様、化け物かっ!」


「オレは……そう、化け物だった……傷付いても痛みすら感じない……母の精霊契約で、オレは不死身になった。だが……人間の身体を手に入れた時、不死身でありながら痛みを感じられるようになった。人は……この痛みを知っているから、優しくなれるんだ! それが、ロキとオレの大きな違いだ!」


 叫んだ一真の背中から、炎の翼が生える。


「ガイエンは人に戻れた……命を奪う側から、救う側に廻る勇気を持って、ようやく歩み始めたのに……」


「ふん……それは貴様が、儂に止めを刺せなかったのが原因だろうがっ! がはぁ!」


 喋っていたバロールに残されていた最後の魔眼が、鳳凰覚醒した一真の拳で貫かれていた。


「その通りだよ……心を失うとか、使命があるとか……くだらない考えで、力を使うのを躊躇ったオレの責任だ……」


 一真が頭から拳を引き抜くと、バロールは糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。


「へっ……やったな、一真……だが、勝手に殺されちゃ……困るぜ……」


「ガイエン!」


 魔眼で殺されたと思っていたが、弱々しい言葉ながら発した倒れているガイエンの元へ一真は全速力で駆け寄る。


 一真に続き、フレイヤと抱かれたルナもガイエンに駆け寄った。


「しくじっちまったな……魔眼の発動前に、倒せると思ったんだがな……」


 普段のガイエンとは違う、弱々しい声のまま一真に言う。


 バロールがフレイヤの動きを気にしていたからか……魔眼の力を受けた場合、人間では直ぐに死んでしまうのだが、奇跡的にガイエンの命を繋ぎ止めていた。


「ガイエン……諦めるな! 今、生きているんだから大丈夫だ! 新たな一歩を踏み出すんだろ!」


 そう言った一真の首から、赤い宝石が付いたペンダントが服の下から零れ出る。


 コナハト決戦の直前、ティアから借りたエストの形見のペンダントだ。


 それを見たガイエンが、そのペンダントに手を伸ばす。


「これは……幼い頃、オレがエストにプレゼントしたペンダント……どうして……お前が?」


「ティアから、お守りだって預かったんだ! 確か……ティアの姉さんが死ぬ間際に、心を強くするお守りだって……ティアに渡したって言ってたよ」


 一真はペンダントを首から外すと、ガイエンに握らせる。


「懐かしいな……これは、ドーマ家が保管していたペンダントなんだ……心を強くするか……エストは、オレの言葉を覚えていてくれたんだな……」


 力一杯ペンダントを握るガイエンの瞳から、光る物が流れ落ちた。


「ティアから、昔の話は少し聞いているよ……エストさんも、自分の不用意な行動を悔いていたみたいだし……だから、ペンダントをティアに託したんじゃないかな?」


 一真の言葉を聞きながら、ガイエンは手を開いてペンダントを見つめる。


 そして弱々しい動きながら、再びそのペンダントを一真の手に握らせた。


「ティアから渡されたなら……それは……お前が持っていてくれ……内なる鳳凰を……打ち砕く助けに……なるかもしれん……」


 少しづつ言葉に力がなくなるガイエンの手を、一真はペンダントごと握りしめる。


「オレが鳳凰覚醒を……鳳凰天身をしても心を失わなかったのは、このペンダントのおかげだ! そして、これからはお前が身につけて、正義の心で戦うんだ! これは、ドーマ家の物なんだろっ!」


 一真の叫びに、ガイエンが弱々しく首を横に振った。


「ガイエン兄ちゃん! 私……ヤダよぅ! せっかくカズ兄ちゃんが助かったのに……ガイエン兄ちゃんがいなくなったら……」


 ルナは泣きながら、ガイエンの胸に顔を埋める。


「ルナ……お前の言葉……その声……力になったぜ……自分の心を……想いを貫き通すのは大変だ……オレは……自分の心に偽らずに、戦えたのかなぁ……」


 ルナの頭に優しく手を添えながら、ガイエンは光を失っていく瞳に気付いた。


「貴方の心は、神である私に光を与えたのよ。心を操られていた私を、正気に戻してくれた……」


 ガイエンは光を失いつつある瞳で、フレイヤを見つめる。


「一真を……頼むぜ……皇の目を持つ……あんたなら……力に……なれんだろ……」


「ガイエン兄ちゃん! カズ兄ちゃんは、私とガイエン兄ちゃんで手助けしていくんだよ! だから、死んじゃダメなんだよぅ!」


 涙が止まらないルナは、ガイエンの胸で泣き言続けた。


「ルナ……ゴメンな……だが……光の神と……美しい女神と……そして、大切な人を……奪ったのに……こうして……オレの為に……泣いてくれる……人に……見取られながら……死ねる……んだ……ヨトゥン軍で……戦っていた……男の……最後としては……上出来だ……」


 最後の力でペンダントを一真の手に残し、自らの手を振り解く。


「ガイエン!」


 一真が絶叫した瞬間、ガイエンの手は力無く……重力の力に逆らわず、地面に落ちた……


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