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雫物語~Myth of The Wind~  作者: クロプリ
コナハト攻城戦
197/221

凰翼11

 

「まさか、ガイエンが儂の戦っている場所に入ってくるとはの……覚悟を決めた人間は強いのぅ……」


 ガイエンが消えた部屋に視線を向けていた一真は、笑っているバロールに視線を戻した。


 まるで人を馬鹿にしているかのような嫌な笑い方に、一真は嫌悪感を覚える。


「切り札のフレイヤさんは、ガイエンが抑えてくれている! 追い詰められているのは、あんたの方だぞ!」


「本気で言っているのかの? ガイエン如きが、皇の目を持つフレイヤに勝てる訳がなかろぅ。それに、フレイヤなど余興に過ぎんからのぅ……貴様が、3つの魔眼を開放した儂に勝つ事も不可能じゃ」


 鳳凰覚醒した一真と、3つの魔眼を開放しているバロールの力は、ほぼ互角……


 ならば、時間制限の無いバロールの方が有利である。


 そしてバロールは、一真も気付いていない切り札の存在に気付いていた。


 一真の首から垂れ下がるペンダント……ファブニールの負の力を抑える為に、自ら流した涙の雫を結晶化させた赤い宝石が埋め込まれている。


 そのペンダントが赤く輝き、心を喰らうというヨトゥンの力を抑えていた。


 バロールは、ペンダントの力が無限では無い事を知っている。


 あくまでも、負の力を抑えるだけ……力を使えば使う程、心を失うリスクが上がっていく事に違いはない。


 だからこそ、バロールは圧倒的な有利を感じ、余裕もあった。


 しかし一真は心を強くする魔法のお守りと聞いて、ティアからペンダントを借りているにすぎない。


 確かに、普段より鳳凰覚醒……内なる力を開放する恐怖は薄れている。


 それでも、一真は慎重に力を使っていた。


 ファブニールの涙の雫に関する知識の違いが、この後の戦いの明暗を分ける事になる。


 3つの力を使いながら攻め立てるバロールに対し、瞬間的に鳳凰覚醒し致命傷を避ける一真。


 バロールは自身を複数に見せる幻術に炎や氷などの物理的な幻術を組み合わせ、更に圧力により鳳凰覚醒の圧倒的なスピードを殺す。


「くっくっくっ! どうしたのかの? 鳳凰覚醒を使い続けなければ、儂には勝てんぞ? ガイエンや、他の援軍でも待っているなら無駄じゃ……ただの人間なら、どんなに屈強な戦士でも魔眼でイチコロじゃよ」


 後退する一真は、人が2人程度立てるテラスの様な場所の城壁……天辺が西洋の城独特のツィンネと呼ばれる凹凸がある城壁を背にしていた。


 バロールが、城の前に架かる橋を渡る敵を魔眼で一掃する為に造られたスペースである。


「さぁ、もう後が無いのぅ……そろそろ、この戦いも終わりにするかのっ!」


 3つの魔眼が輝き、一真の足元に火の海が広がる。


 鳳凰覚醒による炎の翼を使って咄嗟に浮き上がった一真に、2方向からバロールの繰り出したクレイモアの突きが襲い掛かった。


「くそっ!」


 浮き上がっていた一真は辛うじてクレイモアの一撃をグラムで受けるが、足場の悪いツィンネの上に着地してしまう。


「これで終わりじゃ! 地面に叩き付けられて、人生の幕を下ろすのじゃな!」


 一真の身体を押し出すように、氷の壁が迫って来る。


 幻術と分かっていても、質量を感じる氷の壁が迫って来ればパニックにもなるだろう。


 悪あがきのようにグラムを振った一真は、氷の壁と自分の間に土の壁を作り出す。


「幻術だと分かっていて、土の壁で防御じゃと? やはり死の恐怖は判断を鈍らせるのぅ……さぁ、氷の壁に押し出されて落ちてしまうのじゃ!」


 一真の作り出した土の壁に、幻術の氷の壁がめり込み……そして貫通していく。


 そして、一真の足がツィンネのある城壁の天辺から離れた。


 後は落下するのみ……70メートルはあるであろう高さを落下し、地面に叩き付けられる……


 が……そうはならなかった。


 一真の背中に生えた炎の翼が、本物の鳳凰の翼に変化する。


 鳳凰天身……凰の目を持つ者の、最強の力……


 鳳凰天身した時の凰の目は、真実を見通す。


 土の壁の先にいるバロールの動きも、手に取るように分かった。


 土の壁をクレイモアで突き刺し、一真を城壁から落とそうとしている姿……


 その動きよりも早くグラムの剣先を土の壁に当てると、稲妻を発生させる。


 土の壁に丸い穴を開け、高密度の雷がバロールを襲う!


「ぐあああぁあぁあぁあぁあぁ!」


 クレイモアを突き出そうとしていた動きが幸いし、顔面への直撃は避けられた。


 それでも全身に電気が走り、感電したバロールの身体はピクピクと痙攣している。


 そんなバロールの背後に一瞬で移動した一真は、感電して硬直している背中にグラムで下から上に斬り上げた。


「ぐほぉあ!」


 一真の一撃で土の壁に開いた丸い穴に、ちょうどバロールの顔が入った……その瞬間、3本の閃光が穴を目掛けて放たれ、その内の1本がバロールの額にある第3の魔眼を貫く!


「ぐぁぐほぁあああ!」  


 もはや何を言っているかも分からない悲鳴を上げて、バロールは城の床をのたうち回る。


 バロールの魔眼を撃った張本人……アルパスターは、一真達が戦っている部屋が見える位置まで崖を登っていた。


 指揮官でありながら……総隊長でありながら、スラハトでの戦いの指揮をオルフェとフレイに託し、自らは崖を登り続け……そして、間に合わせる事に成功する。


 バロールのいる場所は、ガヌロンの置き手紙で分かっていた。


 一真が土の壁を作り、鳳凰天身した時が合図……その時に開いた穴に、ピンポイントでブリュナークの閃光で攻撃を仕掛ける……


 言葉で言えば簡単だが、約70メートルの崖を登り、足場の悪い場所でブリュナークの力を使う。


 しかも、一撃で数百メートル離れた場所の小さな穴にピンポイントで入れるという奇跡を起こさなければならない。


 外しても当たっても、魔眼で見られた瞬間に命を落とす危険もある。


 そんな危険な賭けを、アルパスターは自ら志願していた。


 鳳凰覚醒にしても、鳳凰天身にしても、どのタイミングで心を失うか分からない。


 一真の負担を軽くする為……そして、確実にバロールを仕留める為に……


 アルパスターは、決死の思いでブリュナークの閃光を放った。


 当たったかどうか……確認する術は無く、アルパスターは必死に崖を降り始める。


 自身の身の安全の為ではない。


 アルパスターが魔眼の力に晒される場所にいたら、一真の戦いの邪魔になると思ったからである。


 そんなアルパスターの登ってきた崖の頂上……高台になりコナハト城を見下ろせる場所に、2人の男が立っていた。


「やはり、鳳凰天身も使い熟すか……奴がバルドルの生まれ変わりで間違いなさそうだな」


「はい……鳳凰天身まで使うとなると、ロキ様のお身体も傷つけられる可能性もあります。ファブニールの力は、フォルセティの精霊契約の外……鳳凰天身の力は、不死の力を打ち破るかもしれません」


 オーディンに変わり身したロキは、傍らのビューレストに笑ってみせる。


「確かに、ファブニールは厄介な存在だ。だが、奴がグラムで戦ってくる以上、死ぬ事はない。グラムを構成する鉱物は、精霊契約内だ。そして、グングニールでも奴の命は奪えん……不死の力を持つ者同士だからな。だが、奴が心を失えば、我々の邪魔をする事はない……」


「はい……確かに、無用な心配でしたね。後は、レンヴァル村の大地を強化している魔眼……バロールが死んで効力が無くなってくれれば助かるんですが……」


 ビューレイストの言葉に首を軽く横に振ったロキは、一真とバロールが戦っているコナハト城に目を向けた。


「魔眼は、それ自体が生命の源だ。恐らく、バロールが死んでも魔眼の効果は変わらんだろう……バルドルとの戦いで、レンヴァル村の魔眼を自らの身体に戻してくれれば言う事はないが……サタンがそれを許すまい。地道に、1つ1つ解決していくしかないだろうな……」


「何にせよ、バルドルがバロールに勝てれば……ですね。バロールを倒した直後に、奴が心を失ってくれれば楽なんですがね」


 ビューレイストの言葉に再び笑ったロキは、高台から姿を消した……

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