凰翼6
「剣でガードしたとはいえ……あれを受けて、普通に立ち上がってくるのか……」
凰の目を使った渾身の一撃がバロールに大きなダメージを与えていなかった事に、一真は覚悟を決めた。
鳳凰覚醒……あるいは、その上の力を使わなければ、バロールは倒せない。
しかし力を使えば使う程、心を失う可能性が高くなる。
一真は、無意識に力をセーブしてしまっていた。
なんとか、心を失わずに切り抜けたい……そう思っていたが、それも叶わなそうだ。
「いくら魔眼が2つしかないとは言え、この儂を吹っ飛ばすとはの……アスナですら、鳳凰覚醒まで使わんと儂と互角に戦えなかったんだがの……」
バロールはそう言うと、傷ついたクレイモアに構いもせずに炎を纏わせる。
「鳳凰覚醒を使う覚悟、まだ出来んかのぅ……じゃが、使わなければ儂を倒せんぞ?」
炎を纏ったクレイモアは、揺らめきながら一真を襲う。
間合いが計り辛いうえに、距離をとって避ける一真に火の玉が飛んで来る。
それも一発ではなく、無数に飛んで来た。
「くそっ! やっぱり、凰の目だけじゃキツい! けど、制限時間内にバロールを倒せるのか?」
土の盾を作り出し、飛んで来る火の玉を防いだ一真だったが、防御をしていては次の動作が遅くなる。
その隙を、バロールが見逃す筈がない。
バロールの大剣クレイモアは、その大きさから本来一撃必殺の武器であるが、その剣を片手で扱い、高速の剣撃を生み出す。
クレイモア自体の攻撃範囲が広いのに、更に炎の力が付加されている為、そもそもの攻撃範囲が広がっている……そのうえ、火の玉まで飛んで来る……
斬撃をグラムで受け、炎を土の盾で防ぎ、躱せる攻撃は躱す……しかし、一真はバロールに近付けないでいた。
鳳凰覚醒を使えば、バロールの懐に入れる……
鳳凰覚醒……ヨトゥンの血をその身に宿した一真の、形態変化した姿だ。
炎の翼を具現化し、高速の動きと、その動きに対応出来る力を解放する事が出来る。
その力の代償は、心を削られていく事……
心を失う……即ち、記憶障害と性格崩壊が起こる……認知症のような症状が出てしまうのである。
力を使う程に進行し、最後には自分が自分でいられなくなってしまう。
純粋なヨトゥンではない一真がヨトゥンの力を使えば、その代償を伴ってしまうのだ。
覚悟は決まっている。
後は……何分程度、正気を保っていられるか……
戦いが長引く程、症状は進行する。
正気を保っている時間に倒せなければ、その後どうなるか分からない。
「まだだ……バロールが全開で戦っていない状況で、切り札は使えない! もう少し……しっかりしろ、一真!」
鳳凰覚醒に逃げようとした自分の心に活を入れ、一真はグラムを構え直す。
「ふむ……立て直したか……なかなかやるのぅ。なら儂も、もう一段階上げるかのぅ……」
「動きを止めた? 何かあるんだろうけど……行くしかない!」
クレイモアの動きを止めたバロールに、身体が軽くなったような感じがした一真は、閃光のような動きで飛び込む。
そして稲妻を纏ったグラムが、一瞬の雷の如くバロールを捉える!
が……高速で繰り出されたグラムの剣先から、バロールの姿が消えた。
「消え……た?」
確実に捉えた筈の一撃……一真は戸惑うが自分の後方にバロールの気配を感じ、振り向きながらバックステップで距離をとる。
「なるほど……流石は凰の目じゃ。直ぐに儂の気配を感じとるとはの……じゃが、儂の姿を見失う一瞬が命取りになるぞ」
再び消えたバロールは、一真の後ろから現れた。
振り向いた一真の視界に入ったのは、クレイモアを振り上げるバロールの姿である。
ガキィィィィ!
グラムとクレイモアが交錯し、激しい金属音が響く。
「やるのう……凰の目だけで、幻術を使った攻撃さえ防ぐとはの……」
余裕のあるバロールの言葉を聞きながら、一真は額から流れ落ちる汗を拭った。
(今の攻撃……クレイモアに炎はなかった。両目で幻術を使ったって事か。凰の目だけじゃ、両目の魔眼を使った効果の影響を受けてしまう。通理で……身体が軽くなった訳だ)
魔眼による圧力は、凰の目相手に対した効力は無い。
バロールは魔眼の力を幻術に集中し、凰の目の超反応に対応する策をとる。
一真が、幻術を使ったバロールを見失うのは一瞬であった。
しかし実力が拮抗している者同士では、その一瞬が命取りになる。
「そろそろ、鳳凰覚醒を使ってみたらどうじゃ? 儂に一矢報いる事が出来るやも知れんぞ?」
挑発するように煽ってくるバロールの言葉に、一真は自分を信じてくれた人達の事を思い出す。
(鳳凰覚醒を使ったら、心を削り取られる……覚醒時間が長くなったら、オレがオレでいれなくなる……切り札を簡単に使う訳にはいかない!)
睨むようにバロールを見た一真は、雷をグラムに纏わせて飛び込む!
「打ち込みも速い! じゃがの!」
グラムは尽く空を斬り、バロールに掠りもしない。
そしてバロールは予測していない方から現れ、クレイモアが振り下ろされる。
「くそっ! このままじゃ、コッチの体力が削られるだけだ……」
クレイモアの一撃を間一髪で躱す一真だが、予測出来ない攻撃に集中力を維持する必要があり、疲労感が増していく。
バロールの攻撃を下がりながら躱す一真は、ルナのいる部屋の扉の前まで来いる事に気付いていなかった。
その為、突然目の前に現れたバロールの斬撃を転がりながら横に躱してしまう。
ガァァァァァァア!
クレイモアの一撃が壁にヒビを入れ、扉を斬り裂く。
「きゃあああああぁ!」
突然の事に、ルナは尻餅をつきながら叫んでしまう。
「ルナ……まずい!」
扉が破壊された事で、小さな女の子の姿は丸見えになっていた。
その瞬間……
一真の瞳の色が、鮮やかな赤から多少黄色がかった朱色になる。
そして、その背中から紅い……炎の翼が生えていた……




