凰翼
バロールは、スラハトの町が見下ろせる椅子に腕を組んで座っていた。
座りながら眼下に広がる炎の海を眺め、溜息をつく。
(この炎では、人は認識出来んなぁ……これでは、魔眼も使えぬのう……まさかガヌロンの奴、それを見越して……いやいや、考え過ぎかのう……)
バロールの部屋からは、炎と煙しか見えない状態である。
コナハト城付近が最も火の勢いが強く、外側の方は火の勢いが弱い。
バロールが魔眼でベルヘイム兵を殺そうとしても、立ち昇る煙で人が一切見えない状態である。
(ふむ……まぁ魔眼を使わずとも、出撃を命じたスルトの部隊がベルヘイム軍を殲滅して終わりかのぅ……この機に乗じて儂の首を取りに来るのは、ロキの刺客かベルヘイムの切り札か……まぁ、楽しめる相手ならいいがの……)
バロールがそんな事を考えていると、部屋の扉が突然開いた。
そして、少年の様な男が1人入っている来た事に落胆する。
「ぬし1人か? とても強そうには見えんがの……」
そんなバロールの独り言を無視し、少年の様な男……一真は、スラハトの町が一望出来る部屋の隅に小走りで向かう。
「何が……起こっているんだ? この火の勢いで、皆は無事なのか?」
一真の眼下には、燃え上がるスラハトの町が広がっている。
自分の支配地を燃やす事が理解出来ない一真は、何が起きているのか理解するまでに時間がかかった。
そして、スラハトに進軍しているであろう航太達の事が、気になって仕方ない。
過呼吸になっているのを忘れるぐらい……バロールがそこに居る事を忘れてしまうぐらい、複雑な表情で一真はスラハトの町を見つめている。
「くっくっく。その火をスラハトに放ったのはガヌロンじゃ。人間の身でここまでやるとは……同種族を殺す様な愚行、人間じゃないと出来んのう……」
バロールの声が耳に入り、一真は自分の成すべき事を思い出す。
そう……自分がこの場にいれるのは、尊い犠牲があったからだ。
理由も分からず異世界での戦いに巻き込んでしまった義兄と幼なじみ、自分の秘密を守る為に命を投げ出したネイア、ヨトゥンの部隊を食い止める役を買って出てくれたガイエン、そして正に今……牽制の為に命を懸けて火の中で戦っているであろうベルヘイムの騎士達……
一真は火の海と化してるスラハトから目を離すと、バロールを睨む。
一方のバロールは、残念そうな表情で一真を見ている。
「子供1人か……つまらんのぅ……スリヴァルディを殺ったという風のMyth Knightと、一対一で戦ってみたかったのじゃが……これじゃあ、なんの為に城の兵を減らして待っていたのか、分からんのぅ……」
ロキの刺客にしても、ベルヘイムの切り札であっても、どの程度の力量の者を送り込んで来るかによって、その戦力が分かると思っていた。
しかし、ひ弱そうな背の低い男が1人来ただけ……馬鹿にされたような怒りが、バロールを支配していく。
少なくとも、自軍の将軍格だったスリヴァルディを倒したという風のMyth Knight程度の実力者は来ると思っていたのに……
「はぁ……また子供扱いか……なら、オレと戦ってる間は他の人間に手を出さないと約束しろ! オレの事を馬鹿にしてるんだ……この程度の条件、簡単に飲めるだろ!」
一真はルナの身を案じ、小部屋に続く扉を視界に入れる。
「くくく、よかろぅよかろぅ。お仲間は呼ばなくていいのかの? 一瞬で終わってしまっては、興ざめなんじゃがな……」
戦う素振りすら見せず、バロールは一真を見て笑う。
「なら……覚悟はいいな! お前こそ……仲間を呼ぼうとしても、ガイエンが扉を守ってるから……無駄だぞっ!」
「はっはっは! 面白い冗談じゃの! ガイエンもついに裏切ったか! いつ事実に気付くかと思ってたが……ようやくか! 人間は阿呆じゃのぅ……心を揺さぶれば、簡単に騙される。それにしても、案外時間がかかったのぅ」
心の底から笑うバロールの声に、ガイエンの苦悩を知ってる一真の怒りは頂点に達した。
怒りに手が震え、今にもバロールを斬りかかりそうな自分を一真は懸命に抑える。
気持ちを落ち着かせる為に一度瞳を閉じた一真は、そのままグラムの柄に手をかけた。
(オレに希望を託してくれた人達、魔眼の犠牲になった人達、バロールに弄ばれた人達……全ての想いを込めて、バロールを倒す! エルフフォーシュ様、ラウフェイ様……オレに力を貸してください……)
一真はゆっくりと、グラムを鞘から引き抜く。
それと同時に、ゆっくり開かれる一真の瞳から赤い光が洩れ始める。
「な……凰の目……それにグラムじゃとっ! 貴様……何者なんじゃ?」
狼狽するバロール……
以前、苦戦を強いられた凰の目とグラム……7国の騎士と共に葬ったと思っていた存在が、再び目の前に現れた。
「オレが何者か? オレは、神の記憶とヨトゥンの血と人間の身体を持ちし者……戦う宿命を背負った者だっ! この世界の理も知らない貴様に、倒される訳にはいかないっ!」
一真の声に呼応して、グラムの刀身に描かれるルーン文字が金色の輝きを放つ。
「くそっ!」
一真をただ者じゃないと判断したバロールの顔から、余裕の表情は消えていた……




