コナハト攻城戦
城門の内側の堀に架かる橋を全速力で渡りきると、城の中に続く扉が見えてきた。
「ガキも殺してねぇし、オレの裏切りもバレてる頃だ! 扉を破壊して突っ切るぞ! 」
「分かった! ルナは少し離れてて!」
一真とガイエンが、走りながら扉に向かって神剣を振り抜く。
2人の動きに合わせて、グラムとヘルギが紫電の如き煌めく一撃を放つ!
ガァァァン!
轟音が轟き、重そうな鉄の扉が豆腐のように斬り裂かれた。
「凄い……」
「バルデルスなら、このぐらい余裕ニャ!」
2人の力に唖然とするルナを見て、アクアが何故か得意気に自らのヒゲを撫でる。
「これで侵入は確実にバレたが、敵は城内で飛び道具は使えない! バロールの所まで、一気に駆け抜けるぞ!」
ガイエンを先頭に、ルナを抱きアクアを肩に乗せた一真が続く。
ヨトゥン兵は、アルパスター隊との交戦の為に殆ど戦場に出てるのだろう。
城の中に、敵らしき影はない。
しかし破壊した扉から、城門の護りにあたっていたヨトゥン兵が続々と一真達を追って来る。
「ガイエン将軍が裏切った! 人間のガキ2人を連れているぞ!」
背丈が低く童顔の一真は、ヨトゥン兵から見たら子供同然なのだろう。
その為かヨトゥン兵は、ガイエンを捕らえる事に集中し一真達は眼中になさそうだ。
ルナを抱えて走る一真、そのスピードに合わせて走るガイエン。
追ってくるヨトゥン兵より確実に歩みは遅く、徐々に追い付かれ始めていた。
「ガイエン、敵が迫って来た! バロールの部屋はまだ?」
「ああ……くそっ! そこの大広間を抜ければ……なんだが……」
そう言ったガイエンの足が止まり、その背中に一真は突き当たりそうになる。
「ちょっと、ガイエン! 危ないでしょ!」
一真の代わりにガイエンに文句を言ったルナは、顔を上げると言葉を失った。
大広間はトゥン兵に埋め尽くされ、一真達が来る事を予想していたのだろうか……既に剣を構え、戦闘態勢に入っている。
「ちっ……ここまで、上手くいき過ぎてたからな……バロールと戦う前に、あまり消耗したくなかったが……」
「仕方ないよ……ここで倒れる訳にもいかない」
舌打ちしたガイエンだったが、一真の言葉に頷きヘルギを構えた。
一真もルナを地面に下ろすと、グラムを構える。
「ざっと、100はいそうだな……前は貴様に任せるぞ! オレは、追って来るヨトゥン兵を叩く!」
「分かった……突破したら、合図する」
一真とガイエンは背中合わせに剣を構え、ヨトゥン兵と対峙した。
「ある意味、ここからが本番だ! 死ぬなよ、ガイエン!」
「こんなトコで死ねるかよ! お前は、囲みを突破したらバロールの所まで突っ走れ! 後で追い付く!」
ガイエンの覚悟を感じて、一真は唇を噛む。
この戦いは、バロールを倒さないと終わらない。
ガイエンが後方の敵を抑えてくれれば、一真1人であれば囲みを突破するのは容易だろう。
しかし、取り残されるガイエンとルナの命の保障は出来ない。
「安心しろ、ガキ1人の命ぐらい守ってやるさ! いくぞっ!」
「ぐわあぁぁぁぁ!」
ガイエンがヨトゥン兵に向けて踏みだそうとした瞬間、一真が対峙しているヨトゥン兵の部隊に混乱が起こる。
「ガイエン将軍をお守りしろ! 内側から崩すぞ!」
叫び声と共に、紅の鎧を纏ったヨトゥン兵が、自分達の周りにいるヨトゥン兵に攻撃を始めた。
「なんだ?」
「あいつら……何をやっている! 死ぬぞ、貴様らっ!」
首を傾げる一真の横で、ガイエンが叫ぶ。
「将軍、行って下さい!」
「我々は、バロールの配下じゃない! ガイエン将軍の配下なんです! 将軍がバロールと敵対するなら、我々の敵もバロールです!」
紅の鎧のヨトゥン兵……ガイエンの配下だったヨトゥン兵が、混乱するヨトゥン兵を次々と倒していく。
「ちっ……一真、ルナ、行くぞっ! あいつらの血を無駄にするなっ!」
「けど……このままじゃ、彼らは全滅してしまう! なんとかしないと!」
そう言う一真の背中をガイエンは強く押し、そして自らも前を向いた。
「そんな事、分かってんだよ! だが、それでも……行くしかねぇだろ!」
ガイエンはルナを担ぎ上げると、走り出す。
「そんな……くそっ! すまない!」
顔を伏せ涙を堪えるガイエンの姿を見て、一真も足を前に踏み出す。
「ガイエン将軍を頼みます! 我々も、出来る限り時間を稼ぎます!」
上官の為に命を投げ出す……その気持ちは、この時の一真には分からなかった……が、ガイエンの事は少し分かった気がした。
きっと良い上官だったのだろう……部下が命を投げ出しても助けようとするなど、普通では考えられない。
「分かった……ガイエンの事は、全力で守る。そして、出来るだけ早くバロールを倒す……だから、キミ達も命を大切に……生きる事を……生き残る事を諦めないでくれ!」
ガイエンと一真が奥の通路へ続く扉に飛び込むと、その扉の前に盾の如くガイエン配下のヨトゥン兵が並ぶ。
「ガイエン将軍……あなたの境遇は知っていた……今まで、何も言えなくて申し訳ございませんでした……思う存分、バロールと戦って来て下さい……そして、ここから先は……1人も通さんぞ!」
紅の鎧を装備したガイエンの副官は吠えると、自分達の5倍以上はいるヨトゥン軍の猛攻に怯まず飛び込んでいった……
「ガイエン、前見て! ヨトゥン兵が、また出て来た!」
「そのようだな……だが、大丈夫だっ!」
前を走っていた一真の襟を右手で後ろから掴むと、左手で横にあった扉を開けて、その中にルナ共々放り込む。
「ガイエン、何してんだよ! ちょっと!」
扉から外に出ようとする一真を更に奥に押し込んで、ガイエンは扉を閉めた。
「おい、ガイエン! どういうつもりだ! 早くバロールを倒しに行かないと……遊んでる暇なんて無い!」
大広間では、ガイエンの部下達が命を散らしながら戦っている筈だ。
早くバロールを倒さないと、救える命も救えなくなる……
一真が扉に手をかけて、開けようとした瞬間……
「一真、扉を開けるな! その先の部屋に、バロールがいる! その小部屋を挟んだ先にバロールがいるんだ! だから、この扉を死守しないと、ヨトゥン兵がその部屋に侵入する。そうしたら、ルナすら守れないぞ!」
ガイエンの言葉に、扉を開けようとした一真の手が止まる。
「お前は行け! やはりバロールと戦う資格のあるのは、一真……お前だけだ。その部屋にルナを置いて、バロールと戦え! ここの扉から先に、死んでもヨトゥン兵は入れねぇよ!!」
扉越しに聞こえるガイエンの声に、確かな決意が籠められていた。
「けど……オレはガイエン……お前を守るって、約束したばかりなんだ!」
「ふざけろよ……オレを誰だと思ってる! それに、ルナを守らなきゃいけねぇだろうが! バロールの部屋に入っても、普通の人間は魔眼で見られただけで殺される。オレがこの扉を守らねぇと、ルナが殺されるぞ!」
ガイエンがヘルギを抜く音が聞こえる。
もうヨトゥン兵の大群が迫っているのだろう。
「ガイエン兄ちゃん、私……ヨトゥンは悪い奴しかいないって思ってた……でも、違ってたみたい。ガイエン兄ちゃんの部下の皆も、ガイエン兄ちゃんも、悪い人って思えない……ネイア姉ちゃんを殺した事は許せないけど……絶対に死なないでよ! 私が、ネイア姉ちゃんの敵を討つんだから……他の人に殺されるなんて、許さないんだからっ!」
「へっ……それじゃあ、簡単に死ねねぇな……ルナ、オレも少し前までは人間の心に絶望していた。だが、お前達に教わった……だから、戦える! 行け、一真! バロールを退治しになっ!」
扉の外から、激しい金属音が聞こえ始めた。
「すまない、結局こんな役を……ガイエン……キミの見ている世界を変えてあげたかったのに……バロールを倒して、共に歩みたかったのに!」
「もう……オレの世界は変えてもらったさ……今度は、この世界の全てを変えるんだ! てか、オレより貴様の方が厳しい戦いだぞ! 人の心配する前に、自分の心配でもしてろっ!」
激しい戦闘の音の中に、ガイエンの微かな笑いが聞こえる。
ガイエンの言葉に頷いた一真は、抱えていたルナとアクアを床に下ろす。
「ルナ……今度は、ガイエンの言う事を聞くって言ったよね? ガイエンは必ずこの扉を守ってくれる。だから、ルナはここで大人しく待つんだ。アクア、よろしく頼むよ」
アクアは先程ルナに引きずられた為に、少し心配そうな表情を見せる。
「アクア、今度は大丈夫……最高の2人が守ってくれるんだもん。姫は大人しく、騎士の帰りを待つ事にするわ」
ルナは『心配なんてしてないよ』という気持ちを、一真に視線で伝えた。
「よし……次はオレの番だ。皆が、オレをこの舞台に連れて来てくれた。必ずバロールを倒し、スラハトを平和な町に……そして、この世界を守るんだ……」
ルナの髪の毛を一度クシャっと撫でた後、一真はバロールのいる部屋の扉に手をかける。
「お城を出る時は、3人一緒だよね! 必ず生きて、私の前に戻って来てくれるよね?」
一真はルナの声を背中で聞きながら、軽く頷いた。
「もちろん。あ、アクアを入れると4人だよ。それとルナはこの先の扉、絶対開けちゃ駄目だからね。あと、アクアと喧嘩しちゃダメだよ」
アクアが怒りの視線をルナに向けているであろう光景を思い浮かべ、一真は少し笑う。
そしてバロールのいる部屋に、1人入っていった……




