コナハト城へ……2
「あそこが、西の城門だ。オレがお前を捕らえたフリをするから、話を合わせろよ!」
西の城門が見える位置で一度立ち止まったガイエンが、見張りの兵に見えないように隠れながら、一真に言う。
「分かった……頼むね。ところで、縛ったりしなくてイイの?」
一真の答えに、ガイエンが呆れた顔で頭を掻く。
「前に似たような話をした時、アクアって化け猫も縄で縛る事を前提に話を進めていたがな……その縄がドコにあるんだ? オレもお前も、持ってねーだろ?」
おおっ! と、手を叩いた一真を見たガイエンは頭を抱える。
「お前より弱い自分が、情けなくなってくるぜ……じゃあ行くぞ! 演技はしなくていいから、お前が先を歩け。普通に見たら弱そうなチビだから、なんとかなるだろ」
一真の背中をヘルギの柄で押しながら、ガイエンは西の城門に向かって歩き出す。
「ちょっと……ガイエン、強く押し過ぎだって!」
「って、うるせー! 黙って歩け! こんなんじゃ、ソッコーでバレるぞっ!」
背後から聞こえるガイエンの声に、一真は緊張を少しほぐした。
一真はガイエンと出会って良かったと、改めて思う。
もし1人なら、もの凄い緊張感に押し潰されていたかもしれない。
たった1人で、敵の城に乗り込む……覚悟はしていたが、実際に城を目の前にすると、その巨大さに足が竦みそうになる。
だからこそ、共に戦ってくれる同志がいるだけで、一真には心強く感じた。
それが、たとえ過去には憎むべき敵だったとしても……
しかし、後ろから一真を突っつきながら歩くガイエンは、その不自然な歩き方に溜息をついていた。
(なんだかなぁ……まぁ敵に捕まって、スタスタ歩く方が不自然か……)
後ろを歩くガイエンにも、不安はある。
ただ、ガイエンもまた、一真と出会って良かったと思う。
バロールに一矢報いる為に、裏切る事を決めた……だが、バロールの圧倒的な力を知っているガイエンにとって、それが無謀である事を理解しての行動であった。
覚悟はした……しかし、恐怖は襲って来る。
それでも凰の目を持つ一真がいれば、本当に一矢報える可能性がある……ガイエンも、一真によって弱い気持ちに打ち勝つ事が出来ていた。
2人は、西の門を守る門番の視界に入る距離まで歩を進める。
「ん……何者だ、貴様! おお……ガイエン将軍も、ご一緒でしたか。コイツは一体?」
門番をしているヨトゥン兵が、直ぐにガイエンと一真の姿に気付いた。
「あっ……えっと……ふがふが……」
緊張している一真は思わず声を出しそうになり、その口を素早くガイエンが押さえる。
「敵の兵を1人捕らえた。弱そうに見えるがコイツもMyth Knightだ……捕らえるのに、時間がかかっちまってな……だが、コイツの持つ神剣はグラムだ。バロール様も喜ばれる筈だ」
ガイエンの説明に、門番は値踏みをするように一真を見た。
そして、門番は怪訝そうな顔で2人を交互に見る。
「ガイエン将軍、Myth Knightを……神剣を使える者を縛りもせず連れて来るなど……危険じゃないですか? それに、コイツはグラムを持ったままだっ!」
不信感を露にした門番は応援を呼ぶかのように、大声を出した。
(ちっ、まずいな……だが、押し切るしかない! 城内に入るまでは、体力を温存しなくては……)
ガイエンはヘルギを鞘から抜くと門番の喉元に突き付け、怒りの形相で睨む。
「貴様は…… Myth Knightとはいえ、チビの人間の兵1人、縛らないと逃げられると思ってるのか! このガイエンとヘルギ、馬鹿にされたものだな!」
ヘルギの剣先から赤い光が広がり、その光に触れた門番の表情が恐怖に歪んでいく。
「ヘルギの力は、相手を強制的に恐怖に陥れる。バロール様の配下なら、
オレの力は知っている筈だ。このオレを侮辱したからには、覚悟は出来ているんだろうな!」
ガイエンがヘルギを振り上げると、近くにいたヨトゥン兵がガイエンの側に走って来た。
「ガイエン将軍、門番も自分の仕事をしているだけです! 怒りも分かりますが、一度剣を引いて下さい!」
近付いて来たヨトゥン兵……部隊長らしき男が、ガイエンの怒りを静めようと近付く。
「ふん……まぁいい。とりあえず門を開けろ! バロール様に報告もしたい。貴様も、部下の指導をしっかりやっておけ! 2度目は無いぞ!」
ガイエンがヘルギを鞘に戻したのを確認し、部隊長らしき男が門番に合図を出す。
ギイィィィ……
軋むような音をたて、西の城門がゆっくり開いていく。
「とっとと歩けっ!」
城門が開くと、ガイエンは一真の背中を強く押した。
「うわっ!」
よろめきながら、城内に入る一真。
(だから……強く押しスギだろ!)
振り向いてガイエンを睨もうとした一真は、再び押される。
(またかっ! コッチが何も出来ないのを知ってて……性格悪すぎだろ!)
よろめく一真の視線は、ガンガン押してくるガイエンの後方に移った。
その視界には、小さな女の子と、その女の子に引きずられる猫のヌイグルミが映る。
(まさか……付いて来ちゃったのか?)
一真は、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「カズ兄ちゃん、待って~~」
突然の小さな乱入者に、全ての人の時間が止まる。
城門を目掛けて躊躇いなく走り抜ける子供を、ヨトゥン兵は捕らえる事が出来ない。
城門に辿り着いたルナは、子供1人ギリギリ入れる程度に閉まってきた城門に飛び込んだ!
ギィガガガガ……
ガァダン!!
軋みながら閉まった門の前に、息を切らしたルナが座り込んでいる。
門が閉まる直前に飛び込んでルナを、ガイエンと一真が驚いた顔とも、呆れた顔ともとれる複雑な表情で見下ろしていた。
ルナも2人を見上げているが、肩で息をしており呼吸が整っていない為、話す事が出来ない。
「なんで付いて来たんだ? だから、ガキは嫌いなんだ!」
全ての作戦が台無しになり、ガイエンが頭を抱える。
「バルデルス、ゴメンにゃ。ニャーじゃ、足止めは不可能ニャのよ……」
「そりゃー……そうだよね。動けるといっても、ヌイグルミだもんねー」
アクアを肩に乗せた一真は困った顔でガイエンを見ると、頭を抱えて深い深い溜息をついているところだった。
「とりあえず、ガキは置いてけ! 足手まといだ! オレの裏切りは完全にバレたろうから、直ぐにヨトゥン兵に囲まれるぞっ!」
「冗談言うな! こんな場所に置き去りにしたら、殺されるか利用されるかだけだろ? 連れて行った方が安全だっ! こうなったら、一気にバロールの部屋まで駆け抜けよう!」
一真がルナを抱え上げると、ガイエンに目配せする。
「ちっ、まじかよ……ガキを庇いながら戦える程、甘くねーぞっ! 死ぬ可能性の方が高い戦いなんだっ!」
「ガイエン! お前は、生まれ変わったんだろ? 正しい事をしたいんだろ? ここでルナを置いて行ったら、ティアのお姉さんを殺した頃と変わらないだろっ! 死ぬかもしれない戦いだからって、関係ない。守るんだ、オレ達で!」
ガイエンの言葉に、一真が強く反論した。
(やっぱりカズ兄ちゃんは、優しいしカッコイイ!)
ルナは一真の温もりを感じて、1人安らぎを感じている。
ガイエンの言葉も気にならなかった。
だが、事態は切迫している。
一真達は、これからヨトゥン兵が大量に待ち受ける敵の城の中を駆け抜けて、敵の大将を抑えなければならない。
かなり危険な戦いであり、自分達の身を守るだけでも精一杯かもしれないのに、子供も守りながら……
しかし、一真に迷いは無い。
ルナが城門に飛び込んだ時から、一緒に行く覚悟を決めていた。
「ルナ……一緒に行くけど、これからはガイエンの言う事もよく聞くんだ! 自分勝手が許されるのはここまで……これからは、自分の行動が人に迷惑がかかる事も理解するんだ!」
かなりキツめの言葉に、ルナは始めて自分が2人に迷惑をかけてるかもしれないと思う。
「仕方ねぇ……オレの言う事を聞かなかった時点で、置いてくぞ!」
ガイエンの言葉に、ルナが頷く。
「ありがとうガイエン! じゃあ行こう!」
一真とガイエンは剣を構えると、コナハト城の入り口に向かって走り出した……




