神3
人類が神を崇拝し始めたのは、何時からだろうか?
神が絶大な力を持っていたから?
神による奇跡で人類が救われたから?
神が世界を創ったから?
宇宙人から薬を投与され、神器によって力を得た金星の人々は、長い寿命が与えられた。
自分の子孫達が何世代にも渡っていっても年老いる事は無く、文明の発達を見守った。
世代が進むにつれて宇宙人の薬の影響は薄くなっていき、人類は神器を扱う事すら難しくなっていく。
そして自らを神と呼び始め、力が薄まった人類を見下し始めた先祖達に、人々は不信感を抱き始める。
ついに人類は、神を相手に反乱を起こす。
が……数が多くても、神器を持つ神の圧倒的な力の前に、人類は呆気なく敗れた。
生き残った人類は元の世界に取り残され、一から文明を発展させていく事になる。
昔の遺跡に宇宙と交信しているような壁画があるのは……昔の文明のレベルが高かったのは、金星の人々と宇宙人達の為だ。
神が異世界に旅立った為、この世界の文明のレベルは一度落ちる。
異世界を創った神々は、産まれて来る子孫達が同じ過ちを繰り返さないように、聖杯による祝福を与え始めた。
聖杯に注がれた水で祝福を受けると、宇宙人の記憶を取り去る事が出来る。
ただ、それだけの物だった。
しかし、聖杯にも命の犠牲による強化が施される。
最初の強化では、祝福を受けた者の心が清らかになるというもの……2回目の強化では、祝福を受けた者は神を崇拝する心を持つというもの……この2つの力が付与された。
これにより、異世界の人類達は神を崇拝する心を持っている。
では、神がいなくなった元の世界でも、神が崇拝されているのは何故か?
神との戦いに敗れた人類は、全員が一度聖杯による祝福を受けている。
最初の人類とされるアダムとエバが食べてはいけないと言われた善悪の知識の木の実は、聖杯に注がれた水の事だったのかもしれない。
アダムは900歳を超える寿命だったとされているが、この頃の人類は薬の影響で、今よりも寿命が長かった。
そして聖杯は、その後1回だけ元の世界に持ち込まれている。
その時に、宗教が世界に広まっていった。
だが、異世界のように産まれて来る全ての子供に祝福が施される事がない為、程よい信仰心を持っていられる。
だが、異世界では産まれて来る全ての子供が聖杯による祝福を受けるのだ。
その為、異世界では神の存在は絶対的なものになった。
人類が神の為に命懸けでヨトゥンと戦う……
それは自然な流れだった……
アースガルズに渡ったロキは変身能力で神に成り済まし、多くの事を学んだ。
神とは……一体、何なのか?
宇宙人から地球を守り、世界に平和を齎しているならば、その名の通り神だろう。
だが、神を名乗り人類を支配し私腹を肥やしているだけならば……
ロキは、積極的に神々に取り入っていった。
神々の信頼を得る為に、母がヨトゥンである事をオーディンに暴露する。
反乱の恐れがあるヴァン神族の殲滅作戦が開始され、ロキはフレイとフレイヤ以外を全滅させた作戦にも参加した。
主神オーディンやトールとのヨトゥンヘイムへの遠征に従事出来る程の信頼を得ると、持ち前の知恵で窮地に陥った神々を何度も助け、主神と義兄弟の契りを結ぶまでになる。
そして、ロキは知る事になった。
ヨトゥン達の命で作られたユグドラシルの木は、元の世界と神々の世界を結び付ける役割を果たしている。
その木の根は大地に張り巡らされ、枝は宇宙の近くまで伸び、宇宙人のセンサーを妨害し異世界の存在を消していた。
異世界にあるユグドラシルは、当然の如く元の世界では見えない。
しかし妨害電波の様なものは、元の世界にも影響を与えていた。
時折、宇宙人は円盤の様な宇宙船で地球に来るが、薬の影響を受けていない人類を確認して去って行くのだ。
もし宇宙人がユグドラシルの存在を発見し、破壊されたら……
元の世界にも影響を与えるユグドラシルが破壊されたら、地球の全てが崩壊する可能性がある。
確かに神々は、宇宙人の襲撃から地球を守っていた。
ただ……それだけである。
何の対応策も考えず、宇宙人から逃げているだけ……
これでは、いずれ地球は滅ぶ。
ユグドラシルは、両刃の剣だ。
地球を隠せてはいるが、破壊されたら全てが終わる。
では、ユグドラシルを内部から崩壊させたら?
宿り木で作られたアイテムなら、ユグドラシルを内側から崩壊させられる。
その方法なら、異世界だけが崩壊するだけで済む。
だが、神はそれを許さないだろう。
宇宙人の襲撃に備え、元の世界にも人類を住まわせている。
元の世界の人類を戦わせている間に、自分達が生き残る対策を立てる筈だ。
だが……それでいいのか?
いずれは、宇宙人が神器を回収して終わるだけだ。
そもそも、我々は宇宙人に対抗出来ないのか?
いや……出来る筈だ……神器と宇宙人が持つ様な文明の力が合わされば……
ロキは、来る時の為に神の中でも最強クラスの力を身に付けた。
そこで、邪魔者が現れる。
主神オーディンの子にして、産まれながらに神器の力を最大限にまで引き出し、更に本物の優しさを持つ者……
青年になる頃には、その者の力はロキを凌駕し始めていた。
異世界を崩壊させる……孤独な戦いを覚悟したロキは、この青年を利用して不死身になる計略を立てる。
本物の優しさ?
ロキの考える優しさとは、もっと先の未来を良くする事……その一瞬は悪者に見えても、その先では賞賛されるような行いをする事……
そう、一時は悪者になるのだ。
しかし、その青年には出来ないだろう。
その時に困っている人がいれば、助けてしまう……ただのお人良しな青年が、悪者になれる訳がない。
いずれ邪魔になる青年を殺し、自分は不死の力を得て世界を救う。
そして、物語は紡がれる……
この青年が今度は人として自分の前に立ち塞がる未来を、この時のロキは想像出来なかった……




