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雫物語~Myth of The Wind~  作者: クロプリ
スラハト解放戦
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続・スラハト解放戦3

 その戦場は、悲惨だった。


 コナハト城へ近付くにつれて火の勢いは増しており、壁の内側にいたスラハトの住人達は酸素不足で苦しく、空洞へと出てしまう。


 そこを狙い撃つように、ヨトゥン兵から矢が浴びせられていた。


「壁から出て来るなっ! 狙い撃ちされるぞっ! っつても無理か……ここにいても、息苦しいんだからな……」


「そうは言っても、出て来たら弓矢で一方的に殺されちゃうよ! どうにかしないと!」


 走る航太の額からは多量の汗が流れ、呼吸を吸うと熱い空気が肺に流れ込んで来る。


 航太の後ろから走る智美と絵美も多量の汗を掻いており、その呼吸は浅い。


 この灼熱地獄のような状況で、密室にいるのは耐え難いだろう。


 我慢している時なら、まだ耐えれたかもしれない。


 しかし一度壁が壊され、その苦しさから解放されると思ってしまったら、もう歯止めは効かなかった。


 そしてヨトゥン兵達は、壁の出入口だけを狙えば良いのだから、容易にスラハトの人々の命を奪っていく。


「いい加減にしてよっ! せっかく助かった命を……戦争に参加してない人達の命を奪って、何か意味あるの?」


 叫んだ智美の目の前で、壁から出て来た人の背中に矢が突き刺さる。


「おいっ! 大丈夫かっ!」


 智美の少し前を走っていたベルヘイム兵が、背中に矢を受け倒れ込んだ人を抱いて立ち上がろうとした……その兵の眉間にも、矢が突き刺さった。


「ぐっ!」


 覚悟はしていたのだろうが……一瞬の出来事で何が起きたか分からぬまま絶命した兵士は、目を見開き倒れる。


「ちょっと……大丈夫……じゃ、ないよね。待ってて、直ぐに治すからっ!」


「智美! 気持ちは分かるが、治療は後だっ! まずは、生き残っているスラハトの人達を全員無事に逃がす事が優先だっ!」


 航太はエアの剣を横に薙ぎ払うように振り、鎌鼬を発生させた。


 鎌鼬はヨトゥンの弓兵に届き前列のヨトゥン兵を切り裂くが、その後ろから続々と兵が現れる。


 更に、鎌鼬が発生させる風に煽られた炎は、激しさを増してしまう。


「智ちゃん! 航ちゃんの風だけじゃ、火が強くなって余計に熱苦しくなっちゃう! 私達が力を合わせないと……」


 絵美は、倒れているベルヘイム兵とスラハトの住人を一瞬見て悲しい表情をするが、それでも智美に訴えかける。


 1人を助けるより、多くの人を助けなきゃいけない……絵美の目が、そう言っているように感じた。


「みーちゃん……この人は、まだ生きてるんだよっ! 私が神剣で回復させれば間に合うかもしれないっ! それをっ……」


 眉間に矢が突き刺さったベルヘイム兵は絶命しているが、背中に矢が刺さったスラハトの住人は、まだ生きている。


 だが、その人の治療に入れば、かなりの時間を費やす事になるだろう。


 その間は智美の力を使えず、更に治療している場所も守らなければならない。


 そして今の航太達に、そんな余力は無かった。


 それを理解した上で……それでも、智美は倒れている人を見捨てられなかった。


「この人を……逃げれるようにするだけだから……その間だけ時間をちょうだい! お願い!」


 草薙剣と天叢雲剣が蒼く輝き、背中に矢の刺さったスラハトの住人の傷を治そうとした時、智美は手を握られる。


「なに?」


「私は……大丈夫だ……それより、私の家族を……友人を……救ってやってくれ……私達は、全員助かるなんて……思っていない……それでも、頼む……1人でも多くの人を……助けてやってくれ……」


 そう言うと、その人は背中に突き刺さった矢に手を伸ばす。


「だめっ……やめてっ!」


 智美は、その動きを止めようとした……しかし、一瞬早く矢は背中から抜かれていた。


 血止めの役割をしていた矢が抜かれ、多量の血が大地を濡らしていく。


「智美! 辛いだろうが、早く力を貸してくれっ! 空洞付近の火を消しながら、弓隊を沈黙させるっ!」


「そうね……煙さえ上がっていれば、バロールの魔眼の効力を抑えられる。航ちゃん、水の鎌鼬と水球の散弾で一気に蹴散らすよ!」


 立ち上がった智美の瞳から流れた涙は、一瞬で蒸発していた。


「って……格好を付けてないで、手伝ってー。私達も弓矢の攻撃範囲に入ってるんだから、突っ立ってたら死ぬんだって!」


 航太と智美の前で、水の刃を発生させながら矢を落としている絵美は汗濁になっている。


「絵美殿、その役は我々ベルヘイム騎士が変わります!皆さんは、ヨトゥン兵を!」


 そう言うと、ベルヘイム騎士達が航太達の前に整列した。


「矢を一本たりとも後ろに通すなっ! 少しずつ前進するぞっ!」


 整列したベルヘイム騎士達は、剣で矢を叩き落としながら前進を始める。


 その身体には、叩き落とせなかった矢が突き刺さっていく。


「オレ達もやるぞっ! 皆の力で、1人でも多くの人を救うんだっ!」


「おーし、新技でいくよー!」


 智美が巨大な水球を作り出し、その水球に絵美が天沼矛を突っ込む。


 そして、水球の中で天沼矛を振り上げると、太い水柱が立ち昇る。


「くらえっ! 必殺、ウォーター・アロー!」


 風の力で空高く舞い上がった航太は、水柱に向けてエアの剣を振り回す。


 エアの剣が水柱と触れた場所から水の矢が発生し、ヨトゥンの弓兵の上空から降り注いだ。


「航ちゃん……とうとう中二病を発症したか……それに、捻りのない技名だし……」


「まぁ、効果ありそうだから、いーじゃん! さぁ、ジャンジャンいくよー」


 航太達の繰り出す水の矢は、確実にヨトゥンを減らし始めていた。


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