最後の魔法7
「ゼーク……済まない……お前に全てを話す……力が……残ってなさそうだ……」
ガヌロンは先程までテューネの頬に当てていた手で、ゼークの手を握った。
その瞬間、ガヌロンの瞳が正常なものに変わる。
「いや……まだだ……ゼーク……儂の命の火が……消える前に……出来うる全てを……」
ガヌロンは跪いていた身体を起こすと、ゆっくりと立ち上がった。
「もう……全てを話している時間が無い……だが、真実を知った時に……おそらく力が必要だ……だから、儂の魔力を……お前に流し込む……」
「ガヌロン様、ちょっと待って下さい! 確かガヌロン様の魔力には、ロキの魔力が残留しているって……それをゼーク様に与えたら……」
ゴホッゴホッ!!
テューネの言葉を聞きながら、ガヌロンは再び血を吐いてしまう。
先程より、出血量が多い……
「そこまで……デュランダルの記憶で知っていたか……だが、心配するな……ロキの魔力は、儂と共に永遠の眠りに……つかせてやる……ゼークに送るのは、魔導師の指輪で濾過した……純正の魔力だ……」
そう言うと、ガヌロンの身体は赤く発光し始めた。
「ちょっと! 私、まだ魔力がいるとかって言ってないんだけどー」
「安心……しろ……お前に移った魔力は、お前の物だ……そして、その魔力をコントロールするのは……お前の幼なじみだ……オリビエ・ラーシュ……この魔導師の指輪に魔力を注いだ……男の名だ……」
ガヌロンの言葉に、ゼークは目を丸くする。
ガヌロンが身に付けている魔導師の指輪に幼なじみの魔力が注がれていた事もそうだが、その名前を覚えていた事が驚きであった。
魔導師の指輪に魔力を注いだのは魔法使いとしては半人前の者達であり、それを身に付ける者には、その者達の名前なんて興味が無い筈である。
しかし、ガヌロンは覚えていた……その事実が、ゼークの身を震わせた。
「ガヌロン……あなたは……何故、名前を覚えているの? 私を苦しめる為に、覚えていた訳?」
ゼークは、まだガヌロンを信じられないでいる。
自分達を窮地に立たせて来た男を、簡単に信用など出来なかった。
「ヘルゲ……イーサク……コーレ……この魔導師の指輪に……魔力を注いでくれた……若者達の……名だ……ベルヘイムの……人類の未来の為に……その命を預けてくれた……者達の……名を……忘れられる筈が……ない……」
ガヌロンから紡がれる名前を聞いてゼークは身体の震えは強くなり、その瞳からは涙が零れてしまう。
「ゼーク……この魔導師の指輪は……お前が使うんだ……必ず、力になってくれる……筈だ……これが、儂の……最後の魔法だ……」
ガヌロンの身体を包む赤い光は強くなり、その光がゼークの中に流れ込んでいく。
「さぁ……魔導師の指輪を……」
ガヌロンは、魔導師の指輪をゼークの右手の中指にはめる。
「さぁ……もう儂の命は長くない……ゼーク、剣を引き抜け! そして叫べ! ベルヘイム兵とヨトゥンと……我々を隔てている火の壁が消えた瞬間……敵将ガヌロンを討ったと叫び、そのままオルフェと合流しろ……奴は、スラハトを火の海にした理由が……分かって……いる……筈……だ……」
ゼークの手を握っていたガヌロンの手が、人形のように力無く落ちていく。
「ガヌロン! くそっ! こんなの……卑怯だわ……死ぬなら、最後まで悪役のままでいてよ……私の怒りの矛先を、どこに向ければいいのよっ!」
「ゼーク様……ガヌロン様が作った火の壁が消える……ヨトゥン達をヨトゥンヘイムに追い返し、ロキを討つ……そして、ミッドガルドに平和な日々をっ!」
テューネはガヌロンの血がついた頬をそのままに、薄くなっていく火の壁を見つめる。
「そうね……私達が、この戦争を終わらせる……7国の騎士以上の騎士になって、この世界を救ってみせる!」
火の壁が消えた瞬間、ガヌロンに突き刺さっていた剣をゼークは力の限り引き抜いた。
「敵将ガヌロンは、ゼークとテューネが討ちとった! ベルヘイム兵は我々と合流し、指揮官の失ったヨトゥン兵を掃討しながら本陣に戻る! いくぞっ!」
剣が引き抜かれて、崩れるように倒れていくガヌロンに振り返る事なく、ゼークとテューネは走り始める。
ガヌロンから託された思いと力を宿し、次なる戦場へ……
スラハトを解放する為の戦いは、いよいよ終焉に向けて動きだそうとしていた……




