走り出すルナ
エリサが決戦に備えてティアと一緒に医療品の準備をしていた時、テントの外から兵達の声が聞こえてきた。
「一真って野郎、決戦を前に逃げ出しちまったらしいぜ」
「前の戦いでも、女に命を守ってもらったんだろ??そりゃ、逃げたくもなるぜ!!」
「ちげーねぇ!!オレなら恥ずかしくて、死んじまうぜ!!」
「女に助けてもらって恥ずかしくて逃げるくれーなら、そこで死んでりゃよかったのにな!!」
テントの薄い布を1枚挟んでいるだけなので、外の声はよく聞こえる。
笑いながら一真を馬鹿にする兵達の言葉に、ティアの瞳は怒りに満ち溢れ、医療品を持つ手には力が入りガタガタと音を立てる。
「ティア……」
そんなティアをエリサは静かに抱きしめて、その頭を撫でた。
「一真はあんな奴らの為に、命をかけて戦うの??あんな奴らの為に、私は一真を送り出したの??」
ティアの瞳からは、後悔の涙が流れていく。
「違うでしょ。一真は私達を守る為に……ネイアさんの想いを繋げる為に戦いに行ったのよ……」
「なら、なんであんな酷い事を言われなきゃいけないの??私、辛い……」
エリサはティアの震える肩を優しく摩り、もう一度強く抱きしめる。
「一真は一人で城に向かったけど……今は一真の想いを知らない人が多いけど……この戦いの後は、人々の全てが一真に感謝し敬意を表する筈よ。ティアだって、全ての人に優しく出来る一真だから好きになったんでしょ??」
「でも……兵の中には、一真に助けられた人も沢山いるのに……男なのに戦場に出ないってだけで、ここまで言われて……傷ついた兵を治す為に夜通し看病して、その後に凰の目を使い熟す為の修業をして……その努力で助けようとしてる人に、あんな言われ方されるなんて……」
ティアは一真が旅立った後に、アルパスターから真実を聞いた。
始めから強い人なんていない……その強さは、努力の上に成り立っている事を思い知らされる。
そして、そこまで努力して助けようとしている人達に罵られている一真が、あまりに不憫に思った。
「そうね……けど、一真は旅立つ前にこう言っていたわ。自分がバロールを倒し、世界を良い方向へ変えられると信じてくれている人達がいる。その為に、命を懸けてくれた人、大切な物を失った人……その人達の想いを叶える為なら、どんなに辛い事も耐えられる。人にどう思われたって構わない。自分がどう思うかなんだから……って」
その言葉を聞いたティアの瞳から、更に多くの涙が流れ落ちる。
そして、自分の怒りが恥ずかしく感じた。
一真は自分の使命を持っている……だから、何を言われてもブレない。
他人からどう思われようが、何を言われようが関係ない……その力で、自分の成すべき事を成すだけだ……と。
「私も、自分のやれる事をやる!!一真が胸を張って帰って来れるように、この場所を守る……そして戦いが終わった後に、1番で一真に抱き着いてやるんだっ!!」
「そうね……でもティア、一真が活躍しちゃうと競争率が凄い上がるわよ。だって、伝説の騎士アスナと同じ凰の目を持ってて、更にバロールを倒したってなったら……世の女性達が黙ってないんじゃない??」
考えても無かったエリサの言葉に、ティアの顔は青ざめ冷汗が垂れる。
ティアの反応を見て少し笑ったエリサの視線がテントの入り口に立つ少女に移った瞬間、その表情から笑みが消えた。
「エリサ姉ちゃん……カズ兄ちゃん、1人で戦いに行ったの??」
その言葉を聞いて、エリサは自分の胸が『ドクン』と鳴ったのを感じる。
「ルナ……それはね……」
弁解を試みるエリサを余所に、ルナはテントの外に走り出していた……




