ガイエンの真実3
「ネイアさんが刺された…………まぢかよ…………それに、エリサさんも一真を助ける為に…………」
一真から一部始終を聞いた航太は、辺りを見回した。
そして、少し離れた所で倒れているネイアに気付く。
「オレを庇って刺されたんだ…………エリサさんもオレ達を逃がす為に、わざとガイエンを怒らすような事を…………」
動かなくなったネイアを見ていた顔が、そうとう険しかったのだろう……………一真が申し訳なさそうに、航太に言う。
(それで、ガイエンはエリサさんを執拗に狙ってたのか……………皆、命懸けで一真を守ってくれたんだな……………それなのにオレは、何を色々と迷っていたんだ……………)
航太は、ネイアとエリサに心から感謝し、自分の判断の遅さに腹が立った。
自分に対する苛立ちもあり、航太はガイエンへの怒りが強くなっていくのを感じる。
「そういう事だ。煩いその女を殺したら、お前の相手をしてやるよ。少し待ってな。どのみち、ここにいる奴らはティア以外皆殺しの予定だからな」
今まで黙っていたガイエンは、そう言うとエリサに向かって歩き始めた。
「てめぇ…………てめぇの好きにやらせる訳ねーだろ!!」
叫んだ航太はガイエンの目の前に飛び込むと、力の限りエアの剣を振る。
ガイエンはその一撃を難無く躱すと、ヘルギを構えた。
「邪魔者は黙ってろ!!」
ガイエンの鋭い剣撃を、航太は防ぐのが精一杯である。
右腕しか使えないガイエンの剣撃は、確かに普段の力強さは無い。
しかし、通常の剣術でも航太を圧倒するに充分なスピードで襲ってくる。
「なろっ…………剣術で勝てねーってのは分かってる。けど、合わせるだけならっ!!」
エアの剣のスピードを風の力で一時的に加速させた航太は、ヘルギに力任せにぶつけた。
ガァキキキキィィィィン!!
耳をつんざく金属音が、辺りに響き渡る。
「剣と剣を合わせるだけなら、オレにでも出来るぜ!!力比べなら、両腕が使えるオレの方が有利だ!!」
「ちっ、雑魚が考えそうな事だ!!だが、ヘルギの力を舐めるなよ!!」
ガイエンの言葉に呼応して、ヘルギの刀身が赤く光り始めた。
その時………………
「もう止めてぇぇぇえ!!」
突然、ティアが叫び声を上げた。
華奢な身体のどこから、そんな大きな声を出したのか……………その声は、その場の時間を一瞬止める。
ガイエンも航太も…………ネイアの側で泣いていたルナも、一斉にティアの方を向く。
頭を抱えて項垂れていたティアとは明らかに違う、決意に満ちた顔をしてガイエンを見つめている。
「どうしたの??ティアさん??」
一真はティアの変化に驚きながらも、その状態を冷静に観察していた。
顔付きが今までとは違う…………直感的に、一真はティアの記憶が戻ったんじゃないかと感じる。
「ガイエン兄さん…………」
ティアの口から、記憶が戻った事を確信出来る言葉が飛び出す。
ガイエンにネイアが刺された時、エストが殺された姿と重なり、ティアの記憶はフラッシュバックし始めた。
そして、剣と剣がぶうかり合う音が、記憶を戻す呼び水となったのである。
「ティア…………オレの事が分かるんだな…………ようやく、過去と向き合う決心をしてくれたのか??」
今まで自分の事を忘れていた人が、記憶を取り戻し思い出してくれた。
ガイエンは過去の悲劇を共有し、父を唯一庇ってくれたティアならば、人間の醜さを分かってもらえると感じる。
「ガイエン兄さん………どうして姉さんを殺したの??いつも優しくて、姉さんの憧れの人だったのに………」
ガイエンも当時を思い出したのか、少し悲しそうな顔をする。
「あの時は………オレの両親を殺すきっかけをエストが作ったから…………仕方なかったんだ。だがキミの事は、父を庇ってくれたから感謝していたんだ」
ガイエンは、ティアの瞳を真っ直ぐ見て答えた。
「でも…………ヨトゥン軍に攻め込まれた時、姉さんは貴方に謝ろうとしてた。ゲインさんが亡くなってすぐ、ヨトゥン兵が攻めてくるのはおかしい。私が騙されて連れ出され、ガイエン兄さんの家に捕まってたって嘘をつくのもおかしいって…………」
ティアはそこまで話して、少し過去を思い出したのだろうか…………瞳から流れた涙を拭う。
「姉さんも、お父さんが殺されて動転してたんだと思う。でも冷静に考えたら、ヨトゥンがゲインさんを殺す為に仕掛けた罠なんじゃないかって…………そう言ってた」
そんなティアの言葉を否定するように、ガイエンは強く首を振る。
「そんな馬鹿な!!ヨトゥンは………クロウ・クルワッハ様はオレに生きる道を示してくれた!!そんな策で親父を…………母さんを殺したなんて有り得ない!!」
ガイエンは信じたくないと、さらに強く頭を横に振った。
「ねぇ…………ガイエン兄さん…………あの時、私がゲインさんに捕まってたって、姉さんや村人に言ったのは誰だった??」
ティアは諭すように、しかし優しい声でガイエンに問い掛けた。
ガイエンはその問いに答えず、ヘルギを握り締めながら、唇を噛み締めている。
「私を騙して、何日間か一緒に過ごした人だよ。凄く優しくしてくれたけど、ガイエン兄さんの家には、アリアさんを呼びに行っただけ。アリアさんも、ゲインさんが大変な事になってるって呼び出されたんだよ。そしてその人は村人じゃない…………私は村じゃなくて、近くの町でその人と過ごしてたんだから…………」
「いや、彼は村人の筈だ!!オレは村で、何回も彼と擦れ違ってる!!あの事件は村人が起こしたんだ!!親父が死んだから、ヨトゥン軍が攻めてきたんだ!!ただ、それだけだ!!」
ガイエンはティアの言葉を否定したくて、語気を強めた。
ガイエンの口調からは、ティアの言ってる事を信じたくないという想いが伝わってくる。
ティアの言葉を聞きながら過去を思い出すうちに、子供の頃は考えられなかった矛盾点がある事にガイエンは気付き始めていた。
それでも、それを認める訳にはいかない…………いや、認めたくない。
人を恨み、ヨトゥンと共に歩いて来た歳月を否定する事になってしまう。
ガイエンの意識を強さを感じたティアは目を閉じて、ガイエンに自分の考えが伝わるように、ゆっくり……………そして優しい口調で語りかける。
「どうしてゲインさんは、私のお父さんを殺したと思う??ゲインさんは、平気で仲間を斬れる人だった??」
「いや…………それは…………」
ティアの問いに、ガイエンは口籠もった。
自分の父親は英雄だ…………
理由もなしに、人を…………仲間を斬る事なんてありえない……………
ガイエンは、それでも信じたくなかった。
自分の今までの行い全てを、否定する事は出来ない。
そんなガイエンを見て、ティアは同じ口調で話を進める。
「ゲインさんは、理由もなくお父さんを殺さない。村人が集まってるところでお父さんを殺したって、嘘もつかないで言ったんでしょ??それを言えば、自分が殺されるかもしれない…………それでも、ゲインさんは村人をヨトゥンから救いたかったんだと思うの。私のお父さんを辱めても、自分が殺されても村人を守る…………本物の騎士だったんじゃないかな??」
ガイエンは瞳に少しの涙を溜めながら、黙ってティアの話を聞いていた。
「私が捕まっちゃったから、お父さんがヨトゥンに協力して……………だからゲインさんは、村人を救う為に、やむを得ずお父さんを殺したんじゃないかな……………」
ティアは一度空気を吸い込み、空を見上げる。
「私のお父さんね…………ゲインさんの事を尊敬してたの…………そしてガイエン兄さんの事も、人々の希望になれる器だって言ってた…………本物の騎士に育てられて、人々の希望を照らす者になるって…………」
「オレの親父もそうだった…………クレイサーさんは、子供を自分の命より大事にしている。ああいう、当たり前の事を当たり前に出来る奴が、世界を変える……………戦争を終わらせる力になるって…………」
ガイエンも自分の両親の事を思い出しながら、ティアに答えた。
「私が他の町に行ってる間に何かあったなら、やっぱりヨトゥンが私を利用してお父さんに何かさせてて、ゲインさんがそれを止めようとしたんだと思う…………」
ティアの切なそうな瞳に、ガイエンは言葉なく項垂れる。
自分の両親が死んだ時、その状況を理解するには、2人は若すぎた。
でも今ならば……………過去の時間を思い出し、共有する為の時間が流れ始める。
ティアの胸元には、エストがティアに託した物とガイエンが捨てた物…………2つの赤いペンダントが輝いていたが、それに気付いている者はいなかった……………




