悲しみの少女
「きゃあああああああああ!!!」
森の中にエストの叫び声が響き渡る!
無惨に横たわる父クレイサーと、その父を切り裂いたゲイン。
エストは焦点の合わない目で、何が起きたか分からない状況だった。
森の入り口で会った男に「裏切り者のゲインにクレイサーが戦いを挑んでいる」と聞いて、急いで森に入ったエスト。
まだ肩は上下に揺れている。
「エスト…………これには事情が……」
ゲインが話かけた途端!!
「いゃあああぁぁ!!」
エストはゲインを押し、そのまま森の出口に走り出した。
それでなくても、エストはクレイサーからティアをさらったのはゲインと聞いていたため、恐くなったのと同時に誰かに助けを求めたかった。
ゲインは嫌な予感がしてエスト追おうとした時、ヨトゥン兵が横から切りかかってきた。
「っ!!!」
普段なら簡単にかわせた剣撃だったが、気が動転していたのだろう。
左肩に受けてしまう!!
バシュっ!!
と鮮血が吹き飛ぶ!!
しかし、それがゲインに冷静さを取り戻させる。
二撃目をヒラリとかわし……
一閃!!
ヨトゥン兵をバッサリ切り裂く!!
(明らかにヨトゥン軍の陰謀だ!!嫌な予感が強くなる!)
ゲインは、クロウ・クルワッハが戦術家なのを知っている。
出血している左肩を構いもせず、ゲインは村に向かって走り出した。
ゲインが村に着くと、異様な雰囲気に包まれていた。
普段は英雄として扱われているゲインへの視線が冷たい。
(やはり何か起きているか。事態を把握しないと……)
ゲインは村の剣士仲間に話を聞こうと、剣士の詰め所に行こうとした……その時、一人の剣士がゲインに話かけてきた。
「ゲイン、お前何故クレイサーを殺した??村中で噂になってるぞ!」
「どうして知っている?エストが言い回ってるのか?」
ゲインは頭を捻る。
エストが村に着いてから、まだ何分も経っていない筈…
なのに村中で噂になってるのはおかしい……
ゲインが考え込んでいた、その時!!
「裏切り者のゲインがいるぞ!味方の情報をヨトゥンに流し、ティアを誘拐してクレイサーに罪を着せようとした犯人がっ!!」
村人の1人が叫ぶ!!
「何!!」
ゲインは耳を疑った。
話が脚色されている……明らかな陰謀だった……
この村人は、上級神聖魔法【堕変】で姿を変えたヨトゥンである。
【堕変】は、神やヨトゥンといった人間より上位種が人間に姿を変えれる魔法である。
魔法に精通するクロウ・クルワッハならではの策だ。
クロウ・クルワッハはクレイサーを使い、村人を少しずつおびき出しては殺し、【堕変】で成り済ました村人を何人か村に侵入させていた。
ヨトゥンが化けている村人が騒ぎを大きくしている事など、この時ゲインは思いもしなかった……
「森の中でクレイサーが死んでたぞ!!間違いない!」
村人の1人が森の中へ探しに行ったのだろう。
大声を出して戻ってきた。
「エストがクレイサーを殺された瞬間を見たらしぞ!!」
そう、エストを森に入るように促したのもヨトゥンが化けた村人だ。
その村人がエストを村の広場に引っ張り出し、叫ぶ。
「ゲインがヨトゥンを撃退出来てたのも、ヨトゥンと組んでオレ達を信用させる為に違いない!!」
村は収集つかないぐらいの騒ぎになっていた。
ガイエンも騒ぎに気付き、家の外に飛び出した。
ガイエンが村の広場に着くと、エストが涙目でガイエンを見る。
その首もとに、ペンダントの輝きは無い。
「なんで…お父さんを殺したの??」
「!!」
ガイエンは目を丸くする。
ガイエンは幼心に、幼なじみのエストに恋心を抱いていた。
そんな女の子に突然言われた言葉……
(一体何があったんだろう?エストの親父さんが殺された??でもオレは殺してない!!)
ガイエンがエストに声をかけようとした時、ゲインが村人によって広場に連れ出されて来た。
「親父!!この騒ぎは一体何なの?」
ガイエンは、父に駆け寄る。
「ゲインはクレイサー殺しとヨトゥンへの裏切り容疑がかかってる!ガイエン!近づくな!」
広場に現れた村長が、ガイエンを止める。
「なっ…………親父!!ウソだろ……」
ガイエンは縋るように父親を見る。
「クレイサーは確かに殺した。だがヨトゥンに裏切ってたのはクレイサーの方だっ!!だからやむを得ず斬った!」
最後はガイエンに向かってというより、村全体に言ったように叫ぶ。
それを聞いて、エストの瞳からブワっと涙が溢れ出す。
「エストがいる前で、クレイサーに罪を転換するなんて……そこまで堕ちたか!!」
村人がゲインに向かって言った。
「止めろ!!親父はこの村を守り続けた騎士だぞ!!エストの父ちゃんを斬ったのだって理由がある筈なんだ!!」
ガイエンは父親の前に立ち、両手を横に広げた。
しかし、村人の疑惑の目は強くなっていく一方だ。
そんな時、ヨトゥンが化けた村人がゲインの家の方からティアを連れて来た。
ガイエンの母、【アリア・ドーマ】を一緒に連れて……
「ゲインの家にティアが監禁されてたぜ!これで決まりだな!」
「なんだと!!」
ゲインが驚きの声をあげる。
ガイエンも狐に包まれた感覚を覚える。
今まで家にいたのにティアはいなかった……
ガイエンも何かの陰謀に父が巻き込まれた事に気がついた……
「そんな……オレは今まで家にいたけどティアはいなかったぞ!!」
ガイエンは必死に村人に向かって訴えた。
「だが、これが現実だ!!」
ヨトゥンの化けた村人が言う。
ティアはまだ幼く、事態が飲み込めていない。
さらわれたとは言っても、ヨトゥンに手荒にされた訳ではない。
まずクレイサーの友達と言って、ティアに近づいた。
そして、父親とエストが隣町まで急遽行く事になったから、面倒をみるように言われたとティアに説明していた。
そしてティアは疑いもなく今日まで手厚く、不自由のない生活を送っていた。
このため、ティアはキョトンとしている。
「ティア!!」
エストはティアに抱き着く。
「ティアは平気だよ。この人によくしてもらってたから」
ヨトゥンの化けた村人を見て、ティアが言う。
エストは確信めいた目でゲインを見て……
「裏切り者!!!」
叫んでいた……




