不死身の身体を貫く剣
同じ地球の中にあって現代社会と異なる世界。
そこは神族・人間・巨人族が共存する世界。
アースガルズ。世界の中心でありアース神族の住む大地。
ミッドガルド。中央の囲いと呼ばれ人間が作り上げた大地。
ヨトゥンヘイム。巨人族が支配する大地。
この3つの大地を巡る壮大な物語が幕を上げる
アースガルズの悲劇と共に……………
数日前より、アース神族の主神オーディンの息子バルドルは悪夢を見ていた………
バルドルは眠ると、決まって戦場のど真ん中に放り出される。
そして抵抗もできないまま自らの体を切り刻まれ、死の直前に現実の世界に引き戻される………
目覚める度に大量の汗をかき、バルドルは精神的な疲労から、みるみるうちに衰弱していった。
毎晩のようにうなされ、衰弱していく息子を見ていられなかったバルドルの母でありオーディンの妻であるフォルセティは、これ以上バルドルが悪夢を見ないように、この世に存在するあらゆる精霊と契約を結んだ。
アース神族・人間・巨人族、そして全ての物質がバルドルを傷つけないという契約を………………
フォルセティと精霊の契約により、バルドルはいかなる物でも傷つかない体となった。
主神オーディンの雷槍グングニール、雷神トールのウォーハンマー・ミョルニルでさえも、バルドルの体を傷つけることが出来なくなっていた。
バルドルは悪夢から解放され、悪夢を見る前の優しく明るい笑顔を見せられるまでに回復する。
その穏やかな笑顔に神々は癒され、容姿端麗で性格も良いバルドルの回復に特に女性は心から喜んだ。
さらにオーディンとフォルセティの結婚記念日も近く、アースガルズでは盛大な宴を開催することとなり、アース神族の全ての神が集まってきた。
宴では、酒を酌み交わす者、談笑する者、踊り回る者………
大勢の神々によって活気づき、正に佳境を迎えていた。
そんな中、この宴の輪の外から宴を眺める男がいた…………
彼の名はヘズ
主神オーディンの息子にしてバルドルの弟である。
彼は生まれつき盲目で、兄・バルドルと違い控えめな性格だった。
常に多くの神々に好かれている兄を尊敬しているが、その反面バルドルに嫉妬感を抱いていた。
盲目でなければ、兄のように自分も両親や他の神々にも認めてもらえたのではないかと…………
「兄さんはいいな………………」
ヘズはそんな事を思う自分に嫌悪感を抱いていた。
ヘズの他にもう1人離れた場所で宴を眺める男がいる。
男の名はロキ
ロキはふと、自分の腰にかけてある一振りの剣に視線を落とす。
彼の視線の先にあるのは木製の剣で、見た目は軽そうだが剣先は鋭く、まるで何者も貫き通すような矢にも似ている。
さらにその刀身にはルーン文字が刻まれ神秘的な存在感をかもしだしていた。
ロキは剣から視線を外すと、傍らに座っているヘズにゆっくりと歩み寄った。
そしてヘズに話しかける。
「バルドルはどんな物でも傷付かない体になったそうだな」
ロキの気配を感じ、ヘズは少し体をズラした。
ロキは義兄弟であるが頭が切れ冷徹である為、ヘズは少し苦手である。
「兄さんは父や母、他の神々からも愛されてる。悪夢を見ただけで心配される……………けど、オレは違うから……………」
そう言うと、ヘズは歓声が聞こえる方に顔を向ける。
彼の表情は、嫉妬の念を含んだものに変わっていた。
そんなヘズに、ロキは囁きかける。
「お前の兄、バルドルは傷つかない体になったんだ。あちらでは他の神々が今、正にそれを証明している。お前もやってみろ、今日は宴だ。その位許されるだろ?」
ロキはそう言うと、自分の腰から剣を抜くとヘズに手渡した。
宴ではロキの言葉を証明するように、神々がバルドルの体に剣や斧を振りかざす!
神々の攻撃を受け、よろめくバルドル。
しかし彼らの攻撃に対しバルドルは痛みを感じなければ傷つくこともなく、笑いながら攻撃を受けていた。
周囲の歓声を聞き、ヘズは思う。
(確かに今日だけが、今までの嫉妬心を兄さんにぶつける事ができる。明日からは、また良い弟を演じればいいんだ………………)
ヘズは傍らにいるロキから剣を受けとると、歓声の上がってる方へ、ゆっくりと歩き始めた。
宴の中心に近くにつれて、バルドルを囲む神々の歓声が一段と高まっていくのが分かる。
ヘズは周囲の気配から、おそらく自分の少し先に兄がいると感じていた。
一歩一歩、確実に近づいていく。
そんな時、近くにいた神がヘズに声をかけた。
「お、ヘズもやるか?バルドルならその先だぜ!試しにやって不死身になった兄貴を祝ってやれよ!」
彼の言葉通り、ヘズは真っ直ぐに歩いていく。
そして、一際歓声の高い輪の中へたどり着くと、その場で足を止めた。
(この先に兄さんがいる……………)
兄の気配を感じとり、ヘズはロキから手渡された剣を構える!!
「ヘズ、心配かけてゴメンな。でも、これからはお前の事も守ってやれる。一緒にこの国を支えていこうな」
優しい声で囁くような兄の言葉を聞き、ヘズは一瞬躊躇した。
(やっぱり兄さんは優しい。でも、オレには見下されているように感じるよ…………)
確かにバルドルには、傷つかない体になった優越感があったかもしれない。
それが今のヘズには、気に障って仕方なかった。
誰にも傷つけられるはずのないバルドル。
ヘズは躊躇いなく、バルドルの心臓目掛けて剣を突いた!!
「…………ぐっ……………はっ…………」
次の瞬間、バルドルは絶叫と共に血を吐き、地面へと倒れ込んだ。
錆びた鉄のような臭いが、ヘズの鼻をつく。
バルドルの体から滴り落ちる赤い液体が、辺り一面を赤く染め始めた。
さっきまでの歓声が一瞬にして沈黙…………そして、ざわめきに変わり中には悲鳴をあげる者もいる。
周囲から神々が後ずさっていく気配が、ヘズには感じられた。
(何…………が……………?)
自分のした事の意味が理解出来ず、ヘズは絶句する。
そんな目の前の光景を目にし、ロキはほんの少し口元に笑みを浮かべた。
ロキは宿り木でできた剣のみが、バルドルを殺せる事を知っていたのだ!!
宿り木の剣・ミステルテイン
宿り木は唯一、フォルセティが契約出来なかった精霊である。
契約をした時は宿り木はあまりに幼く、精霊がその力を発揮するには不十分だったからであった。
ロキはその事実を知り宿り木の成長を促進させ、数日で精霊の力を解放させたのだ。
ロキは成長した宿り木をアースガルズ最高の鍛冶屋であるイヴァルディの息子達という小人に託し、剣を鍛えさせた。
むろん、この事実を知るのは彼……………ロキのみで、他の誰も知る由などない……………
そして、ミステルテインの一突きにより、バルドルの心臓は止まった……………
混乱の中、ヘズは盲目でありながら、いや盲目だからこそ、大勢の神々の視線と殺気を敏感に肌で感じていた。
無理もない。
どのような攻撃を受けても傷つかないバルドルを……………大切な存在だからこそ不死にしたバルドルを殺したのだから……………
「バルドルっ!!」
高台に設置してあった椅子から急ぎ立ち上がると、転げ落ちるようにバルドルの側に駆け寄った人影があった。
バルドルとヘズの母、フォルセティである。
「ヘズ!!あなた何て事を!!」
そう言うフォルセティにも、混乱があった………
(傷つかない体にしたのに………何故…………?)
しかしその思考も、再度地面に倒れている息子・バルドルに目がいった時に途切れ、関を切ったように涙が溢れた。
そしてバルドルの名を何度も呼びながら、倒れているバルドルを抱き寄せる。
そして、高貴な衣装が血で汚れるのもかまわずに力いっぱい抱きしめた。
フォルセティの横に座っていた男は、フォルセティとは違い、椅子から立ち上がったまま動こうとはしない。
しかし、怒りにより肩は震え、目はカッと見開いていた。
その視線の先にはヘズがいる。
「ヘズ………我が息子とはいえ、バルドルを殺した事は許される事ではない!!」
その男、オーディンはそう言うと雷槍・グングニールをヘズに向けて投げつけた!!
神々の武具の中にあっても最強クラスの投擲武器グングニールがヘズを捉える!!
かに見えたが、もう一つの神器・ウォーハンマー・ミョルニルが飛んできてグングニールと激突!!
二つの神器を中心に、凄まじい雷が光の龍の如く周囲に舞う!!
「ぐわぁぁぁ…………ぐふ!!」
ヘズはその雷に打たれた!!
2つの投擲武器は雷が収まると、主の手の中へ戻っていく。
「気でも狂れたかっ!!オーディン!!」
ミョルニルを構え、雷神トールがヘズとオーディンの間に割って入る。
「ヘズはロキに唆されて剣を振ったにすぎん!!殺す気などなかったわい!!」
トールは大声で言うとオーディンに近づく。
「ロキは宿り木の剣ならバルドルを殺せる事を、おそらく知っておった!!【宿り木】をわざわざ剣にするようイヴァルディに依頼したのは奴じゃからな!!」
「ならばロキが全てを企んだのかっ!!許せん!!」
オーディンは怒りの矛先をロキに変え、再びグングニールを構えた!!
グングニールを持つ右腕は、力が入り震えている!!
トールもミョルニルをロキに標準を合わせた。
「ロキよ、裁きを受けるのじゃ」
トールはそう言うとミョルニルをロキに向かって投げ付けた!!
オーディンも震える右手でグングニールを投げる!!
ロキは避けようともせず、無防備で2つの最強投擲武器の攻撃を受けた!
2つの神器がロキを貫き、雷がロキを襲う!!
しかし、ロキは平然とそこに立っていた…………
雷が飛び交う中、辛くも一命を取り留めたヘズは、薄れゆく意識の中で
「実験は…………成功だ!!」
というロキの声をはっきりと聞いた…………
しかしヘズは意識を保っていられる状態ではなく、意識は深い闇の中へ落ちていった…………