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3-1 クベラという国

 クベラの王都ランクァ。

 北と東西を山に囲まれた要害の地。都市の形状は六角形を成し、青白色の美しく堅固な城壁と、周囲の山を源とする河川を利用した濠とに守られている。


 ランクァがどんな所なのか道中でジェイから聞いていたが、実際に目の前にすると付け焼刃の知識などすべて吹っ飛んでしまった。感想よりも先にため息が出てくる。

 周囲の山や城壁、濠、城門――すべてが一体となってサヴィトリを圧倒してきた。トゥーリの関所でも同じような感覚があったが、それよりもはるかに強く重い。これが国というものなのだろう、と五感が理解した。


 当然なのかもしれないが、懐かしさはまるでなかった。生まれて間もない頃にクリシュナの手に渡ったのだから、ひと月いたかどうかも怪しい。

 それに、ここは自分が処分されかけた場所なのだ。もし覚えているとしても忌々しさのほうが先に立つだろう。


「なーんかさ、圧倒されるよねー」


 ぽんと力を抜いてやるように、ジェイはサヴィトリの肩を叩いた。


「俺もまだ見慣れないもん」


 ジェイは気弱に笑い、サヴィトリの方をむきながらうしろ歩きで濠に渡された跳ね橋を渡る。


「ここで暮らすなら嫌でも見慣れる」


 感慨なく言ったのはヴィクラムだった。

 しばしばヴィクラムはサヴィトリが感じ入っているのに水を差す。行動を共にしたのはたった数日のことだが、この男とは気が合わないとつくづくサヴィトリは思った。

 ヴィクラムは、跳ね橋の中央で立ち尽くしているサヴィトリを抜かし、ジェイも追い抜いた。門兵と何か二、三言葉を交わし、さっさと城壁の中へと入ってしまう。


 サヴィトリはジェイの方に駆け寄った。


「今更だけどあの男と一緒に来る必要なんてなかったんじゃないか?」


 腹立たしげに言い、ジェイの脇腹を小突いて八つ当たりをする。

 宿場町を出てから魔物が現れることもなく、実にスムーズな行程だった。結果論になってしまうが、戦闘要員など必要なかった。


「でも、ヴィクラムさんのおかげで色々楽できたじゃん」


 ジェイは片手で脇腹をガードし、もう一方の手でサヴィトリのパンチを押しとどめる。

 ジェイの言うとおり、ヴィクラムのおかげで宿泊に困らなかったり、待つことなく馬を借りられたりと多少の利点はあった。だがそれ以上にサヴィトリにはストレスがかかった。宿敵レベルの嫌悪なのだから、努力したってどうにかなるものではない。


「どっちにしろ今日まででしょ、我慢がまん」


 ジェイはサヴィトリのうしろにまわり、肩を押した。自然と二人は小走りになる。

 ヴィクラムが事前に話をつけたのか、それともサヴィトリとジェイの様子が微笑ましかったのか、門兵は門をくぐる二人を笑顔で見送った。


* * * * *


 整然としている、というのが町並みを見たサヴィトリの第一印象だった。

 城壁と同じ素材の石材で作られたまっすぐな大路・小路が走り、その両脇に家屋などが立ち並んでいる。建物の背も色も統一されており、遠目だとそれらがひとつの巨大な建造物のように見えた。


「見ればわかると思うけど、あれが我らがタイクーンのおわす禁城ね」


 ジェイが指を差す。

 城門からまっすぐ走る大路の先には、明らかに他とは異質な青い建物があった。青、と一口に言っても、遠近や角度によって濃淡が変化する。ちょうどランクァ全体の中央、六角形の真ん中に鎮座していた。


「関係ないな」


 サヴィトリは青い城から目をそらす。

 そう、自分には関係のない場所だ。ここにはナーレを探しに来ただけ。かかわる必要もない。

 自分に言い聞かせた後、サヴィトリははたと気付く。

 ランクァに着いたはいいが、どうやって生活していけばいいかをまったく考えていなかった。自分の浅はかさにつくづく頭が痛くなる。


(どうしよう。住みこみの仕事とかあるかな?)


 サヴィトリはきょろきょろとあたりを見まわす。目ぼしい建物はそう簡単には見つからない。それ以前に、これといった変化のない町並みは道を覚えるのにも苦労しそうだ。


「何をしている。城に行くのだろう」


 若干苛立った風にヴィクラムが言った。

 サヴィトリは首をかしげ、自分を指差す。


「まずはアースラ家の当主に到着の挨拶をするのが筋というもの。観光ならいつでもできる」


 サヴィトリが落ち着きなくいるのを、見知らぬ街に着いてはしゃいでいると勘違いしているらしい。

 私は別に――と言いかけたサヴィトリの口をさっとジェイがふさいだ。サヴィトリが騒ぎ立てる前に耳打ちをする。


「とりあえず一緒に城に行こう、ね?」

「あそこに用はない」

「四角四面で固そうな人だからさ、一応行っておかないと余計な詮索されるかもよ? それに、サヴィトリの顔を知ってるのは俺と副隊長と先輩だけ。しかも、副隊長達はまだランクァには着いてない。先輩が怪我してて馬に乗れないからね。だから、ちょっと城に行くくらい問題ないってわけ」


 ジェイの意見に、サヴィトリはうーんとうなる。

 確かに当時のことを知っていたとしても、赤子から現在のサヴィトリに辿り着くわけがない。また、サヴィトリがタイクーンの娘である証拠の品もない。クリシュナの証言だけが、サヴィトリがタイクーンの娘であるという根拠だ。


(綺麗な建物だし、一度くらい見ておこうかな)


 不安が取り払われると、サヴィトリの心は簡単にかたむいた。

 サヴィトリの表情から心境の変化を読み取ったジェイは、「ですよねー。観光案内は後でちゃんとするからさ、行こう」とサヴィトリの手を取り、大通りを駆けた。


「やけに仲がいいな」


 ヴィクラムはいぶかしげに呟く。が、すぐに訳知り顔で目蓋を伏せた。

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