4 看病はリンゴをむいて
「――ねえサヴィトリ。この際だからもう言うけどさ……俺、仮病なんだ」
ベッドに横になっていたジェイがおもむろに身体を起こし、口を開いた。山で採取してきた薬草と思われる雑草を煎じたものを目の前にして恐れをなしたのかもしれない。
今部屋にいるのはサヴィトリとジェイの二人だけだ。ヴィクラムは、サヴィトリに薬草を託すと行き先も告げずに消えてしまった。翌朝には必ず戻っているので、サヴィトリは別段気にしない。
「ふーん」
心ない相槌を打ち、サヴィトリは果物ナイフでリンゴの皮をむく手を止める。
看病といえばリンゴの皮むきだろう、という偏見によりベッドの近くで皮をむいていたが、その必要もなくなった。
(やっぱり仮病だったのか)
ちょうど半分だけ皮のむけたリンゴにサヴィトリはかじりつく。甘酸っぱい。
八割方仮病だと思っていたが、もしかしたら本当に体調が悪いのかもしれないと心配もしていた。言うつもりはないが。
「それでジェイは、あの無口と私を二人にしてどうしたかったの?」
気になるのはジェイの意図だ。サヴィトリとヴィクラムの仲が悪いのは、はたで見ているジェイが最も感じているはずだ。今回のおかげでいくらか関係はいい方向にむきはじめたが、徹底的に決裂する可能性だってあった。
「どうって、別に。あんまりにも仲が悪いから、ちょっとでも和解してもらえればなーって。何かを協力してやるのって、仲良くなるのの近道だと思うし。俺、二人に板ばさみにされて毎日胃がきりきりだったんだから」
「なら最初から同行なんて頼まなければよかったじゃないか」
「まあそんなこと言わないでよ。俺ってチキンでさ、偉い人とかにすぐ媚び売っちゃう癖が染みついちゃってんの。でもヴィクラムさんと仲良くしといて損はないと思うよ。昔ほどの威光はなくても名家は名家」
「タイクーンに近い人とは、あんまり関わりたくない」
サヴィトリはジェイから視線をはずし、両膝を抱えこんだ。
「俺、クベラの近衛兵だけど、俺とも関わりたくない?」
「うん」
「即答ひどいです」
「嘘。ジェイは特別」
サヴィトリは悪戯っぽく笑い、もう一口リンゴをかじった。
「……ったく、本当にずるいなぁ。サヴィトリって、昔から結構思わせぶりなとこあるよね」
「思わせぶり?」
「なんでもありませーん」
ジェイはへらへらと笑い、大声で会話を打ち切った。
「ね、ジェイ」
子供が大人の気を引くように、サヴィトリはジェイの服を引っ張った。
「王都に着いた後も、色々助けてもらっていいかな? もちろん、なるべく迷惑はかけないようにするけど、他に知っている人もいないし、その……」
自分でも驚くほど気弱な物言いになってしまった。今でさえジェイに頼りきりなのに厚かましいお願いだ。
ジェイは小さく笑い、サヴィトリの皺の寄った眉間をとん、と人差し指で押す。
「やだなぁ。サヴィトリが嫌がっても、俺は余計な世話を焼く気たっぷりだよ。……もしかして王都に着いたら即放り捨てるような薄情者に見えた? だったらすっごいショックなんだけど」
「……ありがとう、ジェイ」
サヴィトリはにっこり笑って、食べかけのリンゴをジェイに投げ渡す。
「これからも世話になる。あと、ヴィクラムとも仲良くできるよう一応頑張る」
と言った後、サヴィトリはなんとなく恥ずかしくなり、逃げるように部屋から出た。
* * * * *
(……あんまり積極的に仲良くはしてもらいたくないかなー、なんて思ったり)
投げ渡されたリンゴを一口かじり、ジェイは小さくため息をついた。